要点
話せない言語向けに字幕を付けるのは1つの作業ではなく2つの作業です。まず元の言語で文字起こしをし、読んで修正し、そのうえで翻訳します。文字起こしに欠陥があると、その欠陥はすべての言語にそのまま引き継がれてしまいます。字幕の区切りのタイミングは発話に結びついているのでほとんどそのまま使えますが、各区切りに収まる文字数は言語によって変わります。固有名詞は必ず手で確認してください。可能なら、母語話者に仕上がりを見てもらいましょう。
動画はあるけれど、視聴者が読む言語を自分は理解できない。そんな状況で字幕を作ろうとすると、内容が正しいかどうかを確かめる手段がありません。これは居心地の悪い立場ですが、この問題を扱う記事の多くは、結果を左右する肝心な部分を素通りしています。
肝心なのは工程の順番です。翻訳された字幕がおかしくなる原因は、たいてい翻訳を始める前からすでに存在しています。そして翻訳という作業は、そうした誤りをまるで意図的な言葉選びのように見せてしまうのが得意です。ここでは被害を最小限に抑える手順と、それでも最後まで残ってしまうリスクについて、正直に説明します。
2つの工程があり、その順番は変えられない
別の言語向けに字幕を作る作業は、元の言語での文字起こしと、その文字起こしの翻訳という2つの工程に分けられます。それだけです。動画から外国語字幕を一気に作れると謳うツールも、実際にはこの2つの工程をどちらも行っています。ただ、途中の文字起こしを表に出さないだけです。
途中の工程を隠すことの問題は、誤りの扱われ方にあります。文字起こしが言葉を聞き間違えていた場合、翻訳の工程はそれが聞き間違いだとは分かりません。あたかも正しい内容であるかのように、忠実に翻訳してしまいます。出来上がった字幕は文法的にも自然で、読みやすいのに間違っている、という状態になります。しかも自然に読めてしまうせいで、読み手が違和感を覚える手がかりが文章のどこにもありません。文字起こしが崩れていれば、それ自体は見た目からも崩れて見えます。ところが、崩れた文字起こしをきれいに翻訳してしまうと、一見まったく問題がないように見えてしまうのです。
だからこそ、文字起こしは自分の手元にある文書として扱うべきです。まず作成し、開いて音声と照らし合わせながら読み、修正し、それを終えてから翻訳に出します。3つの言語で公開するなら、この作業には3倍の重みがあります。3つとも同じ元ファイルから作られるからです。音声だけの素材でも同じことが言えます。録音を翻訳する場合も、実際に文字起こしの結果を目にするかどうかにかかわらず、まずは文字起こしをするところから始まっています。
途中の工程をきちんと見える形にしてくれるツールの一つがSozAIです。iOS、Android、macOSで動作し、動画や音声ファイル、YouTubeのリンクを文字起こしできます。元の文字起こしを読んで修正した後であれば、99以上の言語に翻訳することも可能です。文字起こしを得る方法はほかにもいくつもあります。大事なのは、どこで作られたものかではなく、翻訳される前に自分の目で見て編集できるかどうかです。
元の文字起こしを直す作業こそが効いてくる
元の文字起こしを修正するのに使った時間は、出力するすべての言語で回収されます。逆に、直さずに残した誤りは、出力するすべての言語でそのまま繰り返されます。この工程は、あなたが完全に判断できる唯一の段階です。自分の言語で、自分が録音したもので、自分がよく知っている内容だからです。ここを過ぎて翻訳の段階に入ると、出来上がったものを自分で判断する力はほとんどゼロになります。
文字起こしは、何もつけずに目で読むのではなく、音声を再生しながら読んでください。ただ目で読むだけだと、明らかにおかしい部分しか見つかりません。音声と合わせて読むと、一見正しく見えるのに実は間違っている部分にも気づけます。こちらの方がずっと数が多いのです。専門用語、固有名詞、早口で話された部分、背景音がある部分などに誤りが集中します。
意味は通るのに、自分にはどこか微妙に引っかかる文には特に注意してください。自分なら絶対に言わないような言い回しになっている文は、たいてい単語を間違って認識した結果です。それは元の文字起こしの段階で直しましょう。翻訳した後に直そうとすると、言語の数だけ同じ修正を繰り返す必要があり、しかもその言語を読める人にわざわざ説明しなければなりません。
また、この段階は、字幕を「話し言葉」ではなく「読む文章」としてどう見せるかを決めるタイミングでもあります。言い直し、つなぎ言葉、同じ言葉の繰り返しなどは、自分が理解できる言語のこの段階で取り除いてしまいましょう。そうしないと、翻訳者がそれらをそのまま別の言語に直訳してしまい、意味の通らない文章として読まれることになります。
タイミングは残るが、中に入る文字数は変わる
字幕の区切り(キュー)の境目は、言葉そのものではなく発話に結びついています。人が話し始めたところでキューが始まり、間、文の終わり、話者の切り替わりのところで終わります。単語を翻訳しても、これらの発生タイミング自体は動きません。ですから、元の言語向けに作ったタイミングの構造は、ほとんどそのまま別の言語にも使えます。これは、この作業の中で本当に楽な部分です。
そのまま使えないのは文字数のほうです。同じ意味を伝えるのに必要な文字数は言語によって大きく違い、元の言語では2行に収まっていた文が、翻訳後には3行必要になることもあります。翻訳された文がキューに収まらなくなったとき、選択肢は2つです。文章を切り詰めるか、キューを再設定してもっと長い時間を割り当てるかです。
ほとんどの場合、答えは「切り詰める」です。キューを再設定すると、発話とのタイミングが合わなくなり、一つのキューを動かすと、その前後のキューも動かさなければならなくなることが多くなります。これを4つの言語で行うと、1つで済むはずのタイミングファイルの管理が4つに増えてしまいます。文章を切り詰めておけば、どの言語版でも同じタイミング構造を使い続けられます。言い回しのニュアンスを多少犠牲にしても、それだけの価値があります。
実務的には、翻訳を担当する人やツールに対して「ただ翻訳して」ではなく「この長さに収めて翻訳して」と依頼することになります。公開先のプラットフォーム向けに完成ファイルを別の形式にする必要がある場合は、ブラウザ上で動作する字幕フォーマット変換ツールを使えば、タイミングに手を加えずに形式だけ変換できます。キューファイルそのものを最初に作る作業はまた別の工程で、文字起こしから字幕ファイルを生成する段階で、キューの境目が決まります。
一言も読めなくても、確認できること
翻訳全体をチェックすることはできません。しかし、その中の特定の項目ならチェックできます。中でも一つひとつ確認する価値があるのが固有名詞です。人名、地名、製品名は翻訳によって最も変わりやすい要素であり、名前が変わってしまうと、字幕の他の部分には文句をつけられない視聴者でも、その誤りだけは一瞬で見抜きます。
翻訳する前に、動画に出てくる固有名詞を書き出しておきましょう。翻訳した後は、それぞれの名前が出力の中にきちんと残っているかを確認します。この確認をするために、周りの文章を読める必要はありません。パターンとして一致しているかどうかを見るだけです。
- 人名(画面に映っていなくても、名前だけ言及されている人も含む)
- 自社名や製品名
- 地名、特にその言語で定着した独自の呼び方がある場合
- URLやコードなど、動画内で1文字ずつ読み上げているもの
- 数字や単位(翻訳ではなく表記だけが変わる場合もある)
その言語では名前が正当に別の形になる場合もあり、それはあなたには判断がつかない領域です。そこはツールではなく、人に確認してもらうべき部分です。文字体系が元の言語と異なる場合、目で見て確認するのは難しくなりますが、不可能ではありません。それでも、見慣れたひとまとまりの文字が、予測できる位置に現れているかどうかを探すことはできます。
本当に効くチェックは、その言語を母語とする人だけ
字幕をつけた動画を、その言語を母語とする人に実際に見てもらうこと。これが唯一、本当に機能する品質チェックです。逆翻訳ではありません。逆翻訳は誤りを、それらしく見えるように洗い流してしまいがちです。もう一度別の機械にかけるのでもありません。実際に人が見て、人間が言うような文章に読めるかどうかを教えてもらうのです。
プロの翻訳者である必要はなく、長い時間をかけてもらう必要もありません。機械翻訳された字幕の問題点のほとんどは、母語話者なら最初の1分で気づきます。というのも、単語の間違いというより、堅すぎる、直訳っぽい、どこか不自然といった、トーンの問題であることが多いからです。行ごとの細かい審査を頼むのではなく、そうした印象を聞くようにすれば、短い会話からでも十分に有益な情報が得られます。
そうした人を見つけられない場合、残された手段は元の言語を工夫することです。元の言語がシンプルであればあるほど、翻訳は安全なものになります。短い文、平易な語彙、言葉遊びをしない、その土地でしか通じない文化的な言い回しを避ける。動画がいつか読めない言語に字幕化されると分かっているなら、その知識は編集の仕方だけでなく、カメラの前でどう話すかにも影響を与えるべきです。これは文章表現に実際の制約を課すことになり、多少の個性を犠牲にすることにもなります。ただ、それによって翻訳があなたを困った立場に置く可能性のほとんどが取り除かれます。
それでも残るリスク
慣用句とユーモアは、機械翻訳が最も信頼できず、間違った字幕が最も大きな被害を与える領域です。専門用語の誤訳は、視聴者がなんとなく読み替えてくれる小さな誤りです。しかし冗談を直訳してしまうと、動画全体の印象が変わってしまいます。話している人が面白いのではなく、なんだかおかしな人に見えてしまうのです。そして視聴者には、その違和感が字幕によるものなのか、話している本人によるものなのか、判断する手立てがありません。
もう一つ失われるのがトーンで、これは事前に予測しづらいものです。機械翻訳はある程度決まった言葉遣いのレジスターに落ち着きますが、それが必ずしもあなたの言葉遣いとは限りません。カジュアルな話し言葉の動画が、まるでマニュアルのような文体になって出てくることもあります。内容としては何も間違っていません。ただ、それはあなたらしさとは違うのです。そして、その字幕を読む視聴者は、元の音声の中にいる本来のあなたに出会うことは決してありません。
こうした問題は、翻訳の工程で頑張ったところでは解決しません。解決するのは、元の文字起こしを直すこと、元の言語をシンプルに保つこと、固有名詞を確認すること、そして可能なら母語話者に見てもらうことです。これらを行えば、正確ではあるけれど少し味気ない字幕を公開することになります。読めない言語向けの字幕としては、まずまず妥当な結果です。元の文字起こしの修正を省くと、公開したすべての言語の中に、二度と見つけられない誤りを含んだまま出してしまうことになります。

