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【海外の反応】「そんな毒魚を客に出す気か!」キプロスの老漁師が日本人の嫁を止めた…ひと月後の祭りの夜、その魚を客に出していたのは彼自身だった

キプロスの老漁師ヤニスは、毒を持つ外来魚(アイゴ)を毎朝網から捨てていたが、日本人の嫁みほがその魚を安全に処理して食べる方法を広めていく姿を描く。海と村の変化を追う物語。

Key Takeaways

  • 外来種による漁業被害は、地域の経済と人間関係の両方に影響を与える
  • 偏見や古い習慣を手放し、現地の知恵や異文化の知識を受け入れることで状況は変わりうる
  • 毒を持つ魚も適切な処理法を知れば食材になり得る
  • 家族の対立や過去の経験が、人の判断に大きく影響する

What the video covers

  • キプロスの老漁師ヤニス(66歳)は、地中海に広がった毒を持つ赤白の外来魚を毎朝網から外して捨てていた
  • 魚屋デスポや料理長ステリオスとのやり取りを通じ、売り物にならない魚が漁業の収入を圧迫している状況が描かれる
  • 息子ミハリスの妻みほは日本の漁村出身で、毒のあるトゲを先に切る処理法を祖父から教わっていた
  • 4年前の春、ヤニスは毒のトゲに刺されて12日間船に出られず、息子が代わりに漁を担った経験がある
  • みほは捨てられる魚を村人に提供し、デスポの店で試食してもらうことで、魚への評価が少しずつ変わっていく
  • ヤニスは当初みほを受け入れられなかったが、トゲの処理を教わる過程で態度が変化する
  • 村ではアレクシスが船を売る話をやめ、ホテルの料理長が魚を仕入れるなど、経済的な動きも生まれる
  • 祭りの夜、トゲを取った魚料理が村の人々に振る舞われる
  • 物語の終盤では、ヤニスが71歳になり、若い漁師に処理法を教えながら、捨てていた魚の価値を受け入れていく様子が描かれる

Answers

Questions about this video

この動画で扱われている魚は何ですか?

動画では赤と白の縞模様を持つ外来魚として描かれており、トゲに毒があるとされています。南の海から運河を通って地中海に入ってきた魚だと語られています。

みほはどうやってこの魚を安全に処理しましたか?

みほは祖父から教わった方法で、触る前にトゲを根元から切り落とし、刺されたら熱いお湯につけ、必ず医者に行くことを実践しました。

ヤニスの考えはどのように変わりましたか?

当初は魚を憎み、みほの提案を拒否していましたが、自身が刺された経験やみほの処置を通じて、魚を捨てるのではなく食材として活かす考えを受け入れていきました。

Full Transcript — Download SRT & Markdown

00:01
Speaker A
そんな毒を客に出すきか。私は嫁が 差し出した白い皿の前に手のひを突き出し ました。皿の上には丸ご上げた赤と白の島 の魚が卓では観光客の夫婦が待っています 。日本から来た息子の嫁みほ皿を下ろし ませんでした。その魚は今朝私自身が網 から外して捨てたものでした。台所の入口 に港の置場にあるはずの青いバケツが置い てあったのです。突き出した右手で曲がっ た人差し指が震えていました。私はこの魚 を海にいるどんな生き物よりも憎んでい ました。話はその3週間前の朝に遡ります 。 4月の夜明けキプロストの南の海はまだ 暗い青でした。前の晩に立てておいた網を 私は1人で巻き上げていました。重い。網 が重いのは本来なら喜ぶことですけれど水 の中から上がってきたのは赤と白の島でし た。長いトを広げた魚が網の目という目に 絡みついています。1匹、また1匹数える のをやめるほどでした。この朝だけで 何十kmあったか分かりません。売り物に なる魚はその間にほんの数匹挟まっている だけでした。私は厚手の手袋をはめて島の 魚を1匹ずつ網から外していきました。ト が網の糸に引っかかり1匹外すたびに手が 止まります。手袋の指先はもうあなたらけ でした。外した魚は青いバケツへ港に戻っ たら置場に捨てる。毎朝その繰り返しでし た。港に船をつけると魚屋のデスポが店の 台の前で腕を組んでいました。台の上は ガランとしています。ヤニス今朝はそれ だけかい?私が置いたわずかな魚を見て デスポはため息をつきました。その隣には 海沿いのホテルの料理長ステリオスが立っ ていました。10年近く毎週私の魚を買っ てくれていた男です。ステリオスは申し訳 なさそうに首を振りました。数が揃わない なら来週からはよそから仕入れるよ。それ だけ言って彼は車に戻って行きました。
02:20
Speaker A
10年続いた注文が一言で終わりました。 その日の昼過ぎ港の三橋に美ほが現れまし た。手には白いクーラーボックス。網の 手入れをしていた漁師たちが手を止めて 彼女を見ました。美ほは捨てる前のバケツ を指びさして片言の島の言葉で言いました 。この魚少しください。一瞬の沈黙の後、 漁師たちが笑い出しました。売り物になら ない魚をわざわざもらいに来る女がいる。 しかもそれが漁師アニスの家の嫁だ。男 たちの[音楽]目が私に集まりました。 この村であの魚を口にする漁師はいません 。網を荒らす厄介ものをありがたがっても 誓るなど漁師の家の恥でした。やめろ。 そんな魚。誰が私はバケツを掴み、美みほ の目の前で置場に中身を開けました。みほ は何も言わずからのクーラーボックスを 下げて帰って行きました。その夕方若い 漁師のアレクシスが私の網み小屋に顔を 出しました。28歳。この港で1番は師 です。ヤニスさん祭りが終わったら船を 売ります。町のホテルの厨房に働き口が 見つかったと言います。毎朝の魚を外して 捨てて、それで1日が終わる。もう量とは 呼べません。アレクシスが船を売ればこの 港に残る船は4隻になります。私はいの網 から目を上げられませんでした。私の名前 はヤニス。66歳です。18歳の時、父 から小さな船と網を譲り受けました。それ から48年、[音楽]この港から海に出て います。父には口癖がありました。網に 入ったものに文句を言うな。どうかすかを 考えろ。あの赤と白の島の魚がこの島の海 に現れたのは10年余まり前のことです。 遠い南の海から運河を通って地中海に入っ てきた外来の魚だと聞きました。小魚や 売り物になる魚の子供まで食べてしまう。 そして背びれなどのトには毒があります。 この冬から私の家には息子のミハリスと その妻の美ほが暮らしていました。
04:34
Speaker A
ミハリスは35歳、同じ南の海岸にある 港リマソールでフェリーのカンパ院をして います。家に帰ってくるのは週末だけです 。美ほ32歳日本の木半島の南にある 小さな漁行町から来ました。島の言葉は まだ片こです。タ屋に入れば女たちは美ほ に分からない早口に切り替えます。日曜 [音楽]のみの後、女たちが広場でおしり の輪を作っても美ほ外で1人で立っ [音楽]ていました。私は美ほを嫌ってい たわけではありません。ただ家のことだけ してくれればいいと言ってそれ以上は 近づきませんでした。アレクシスが船を 売ると言ってから数日後の朝のことです。 港でアレクシスと並んで網の仕訳をしてい ました。突然アレクシスが短く叫びました 。和ケツの中のもう死んでいる島の魚、 そのトが彼の手のひに刺さっていたのです 。この魚のトは死んでしばらく経っても まだ毒が残っています。アレクシスの手の ひは見る間に赤く晴れ上がっていきました 。顔から血の毛が引いていきます。私は 動けませんでした。4年前の春の痛みが手 の中に蘇ったからです。あの日私も同じ ように刺されました。手は倍ほどに 晴れ上がり、12日間船に出られません でし[音楽]た。その時坂の上から美が 走ってきました。片手に夜間、もう片方の 手に洗面木。みほ橋に洗面木を置き、夜間 のお湯を注ぎました。海の水を少し足し、 自分の指を入れて暑さを確かめます。 そしてアレクシスの手をそこに沈めました 。暑い。でも火傷しない暑さです。我慢し て。アレクシスは歯を食い縛っていました が、しばらくすると肩から力が抜けていき ました。美ほは手のひにトのかけらが残っ ていないかを確かめてから言いました。 この後お医者さんへ。アレクシスは港の 仲間の車で診療所へ運ばれていきました。 桟橋に残ったのは私と殻になった夜間だけ
06:44
Speaker A
でした。私が48年知らなかったことを この日本の嫁は知っていた。そのわけを 知ったのはその夜のことです。台所でみほ に右手の親指を見せました。付け根に白く 小さな傷跡が残っています。9歳の時おこ という魚に刺されました。おこもトに毒を 持つ魚です。日本ではそのト[音楽]を 切り落として料理し、高い根で売られるの だと美ほで話しました。美ほの祖父は漁師 でした。港で魚の仕訳を手伝っていたみほ に祖父は3つのことを教えたそうです。ト は触る前に先に切ること、刺されたら熱い お湯につけることその後は必ず医者に行く こと。お父さんみほそう呼びました。 捨てる魚を少しだけください。私は答え ませんでした。椅子から立ち上がり黙って 台所を出ました。許したわけでも断った わけでもありません。ただ答えられなかっ たのです。翌朝、あ小屋の戸口から私は見 ていました。手に包帯を巻いたアレクシス が青いバケツを下げて家の裏の勝手口へ 歩いていくの。バケツの中身は彼が捨てる はずだった島の魚でした。アレクシスは バケツを勝手口の前に置くと扉を軽く叩き そのまま戻っていきました。昨日の霊の つもりだったのでしょう。私はそれを止め ませんでした。これから数日の間、家の裏 からは毎晩油の跳ねる小さな音が聞こえて いました。ある日の夕方店じまいをしてい たデスポの台に美ほが紙の包みを置きまし た。デスポは71歳。夫を海でなくして から20年近く1人で港の魚屋を続けてき た女です。魚の目聞きでこの村に彼女に 叶うものはいません。デスポは包みを開け 中のあげた白身を居ぶかし思そうに見つめ ました。俺は何の魚台?みほれる代わりに 厚手の手袋と料理を台の上に置きました。 そして指で島の魚の形を描いて見せました 。レスポは眉を潜めしばらく黙っていまし た。それから一切れを口に入れました。
09:02
Speaker A
長い沈黙でした。レスポは2切れ目には手 を伸ばさず台の上の手袋とハサミをじっと 見ていました。明日もキナそれだけ言って デスポは店のを閉めました。みほがこの村 に来て初めて誰かに来なと言われた日でし た。次の日から店じまの頃になると 美ほスポの台に通うようになりました。 デスポは美ほの片言を1度も笑いません でした。代わりに台に並んだ魚を1匹ずつ 指びさして島の言葉で名前を教えました。 赤い子魚。銀色の細長い魚、平たい魚。 最後にデスポは島の魚を指び差しました。 この島じゃライオンの魚って呼ぶんだよ。 美ほ名前を何度も口の中で繰り返してい ました。その様子を私はあ小屋の窓から見 ていました。家の中では美ほが島の言葉を あんなに声に出すのを聞いたことがあり ませんでした。次の土曜の朝デスポの台の 橋に小さな皿が1枚出ていました。つ楊枝 の刺さったあげた白身のかけら皿の横には 手書きの札がありました。食トは取って あります。港を通る人たちが皿の前で足を 止めました。1切れつまむ女もいれば魚の 名前を聞いて顔を仕かめ黙って去っていく 男もいました。小さな男の子が皿に手を 伸ばし母親にその手をかれていました。 それでも一切れ食べた女の何人かは皿の横 に立つみほに初めて名前を尋ねていました 。私はその前を通りかかりました。隣の家 のパナティスじーさんが2切れ目に手を 伸ばしているところでした。私は目を そらし、足を早めました。怒りとは少し 違いました。あの魚が顔見知りの口に入っ ていく。それを見ているのがただたまら なく居心地が悪かったのです。その日の 夕方のことです。週末だけ開けるうちの テラスの小さな食堂に観光客の夫婦が座っ ていました。台所から美が皿を運んでき ました。私が皿の前に手を突き出したのは この時でした。客の夫婦は結局何も食べず
11:15
Speaker A
に席を立ちました。小さく餌釈をして坂を 降りていきます。テラスには私と美ほと あげた魚の皿だけが残りました。美ほは皿 をに置き指で魚の背中を差しました。毒の トコ全部根元から切りました。背びれの毒 のあるト、腹びれのトも尻りびれのトも どれも根元から切り落とされて短い後だけ になっていました。それから美ほのように 広がったヒレを指しました。これは胸の ヒレどありません。私は皿の上を初めて まともに見ました。48年魚を見てきた男 が[音楽]この皿を1度も確かめずに止め ていたのです。みほはそれ以上何も言い ませんでした。の前に座り、覚めていく皿 を1人で見つめていました。私は黙って 台所に入りました。調理台の橋に1冊の ノートが開いたまま置いてありました。 日本語の文字は読めませんけれど描かれて いる絵は分かりました。島の魚の絵が何 ページにも立って描いてあります。毒のト には赤い線それぞれの付け根にハサミを 入れる位置の印ページの隅には日付けと 数字が書き込まれていました。毎晩何匹の 魚を処理したのかを美は1匹ずつ記録して いたのです。1番新しいページには大きく まるで囲んだ数字がありました。42この 10日余りで美ほが1人でトを切った魚の 数でした。その番ミハリスがリマソウル から帰ってきました。3人で夕食の卓を 囲んでも海の話は出ません。ミハリスは フェリーの話と天気の話だけをしました。 窓の外に干した私の網にミハリスの目が 一瞬だけ向いてすぐにそれました。よふけ 網小屋で網を作ろっていると外から2人の 声が聞こえてきました。ミハリスと美ほが 英語で小さく話しています。私の英語では ほとんど聞き取れません[音楽]けれど、 ミハリスの一言だけはっきりと分かりまし た。親父はあの魚を許さないよう [音楽]
13:26
Speaker A
俺のことも網を作ろう針が私の手から落ち ました。私には心当たりがありました。誰 にも話したことのない4年前の春のこと です。それから5日後の朝、その日も網は 島の魚で重くなっていました。私は1匹 ずつ網の目からトを外していきました。穴 の相手袋の指先が糸に引っかかってさらに 避けていきます。その避目からトが親指の 腹に入りました。焼けるような痛みが手首 まで駆け上がりました。港に戻ると美ほが も3橋で待っていました。洗面機と夜間何 も聞かずに美ほ洗面機にお湯を張りました 。私は黙ってそこに手を沈めました。この 春までの私なら腹いのけていたでしょう けれどこの朝私は拒ばみませんでした。お 湯の中で手を動かせずにいる間みほの網に 向かいました。手袋をはめ料理を取り出し ます。網に絡んだ魚の毒のあるトを1本 ずつ先に切り落としていきます。トの なくなった魚は網の目からするりと外れ ました。切ったトは2つきのガラス瓶に 入れていきます。桟橋に落とせば誰かが 踏むからです。私が1時間かける網をみほ の時間で片付けてしまいました。痛みが 引くと美ほ車に乗せ診療書へ連れて行き ました。親指は晴れ上がり、私は3日間船 に出られませんでした。その間アレクシス が私の網まであげてくれました。私の網に かかった島の魚も毎朝美ほの勝手口に置か れていきました。デスポの台にはミほの あげた白身が並び昼前にはなくなりました 。まだお金は取っていませんでした。2日 目の夕方窓から裏庭が見えました。包帯の 取れたアレクシスが美ほの隣に立ってい ました。手袋をはめ、美ほの手元を見 ながらハサミを動かしています。刺された 男が刺した魚のトを自分の手で切ってい ました。村の中で何かが少しずつ動いて いる。私はそれを包帯を舞いで家の窓から 眺めているしかありませんでした。3日目
15:42
Speaker A
の昼ポが見舞いに来ました。手には紙の 包み。デスポは私の向いに腰を下ろすと 包みを開き上げた白身を一切れ自分の口に 放り込みました。うまいね。私は顔を背け ました。レスポはもう1切れを私の前に 差し出しました。48年魚を見てきた男が 食べずに決めるのかい。私はその一切れを 見つめました。包帯の手では受け取れませ ん。レスポが私の口元[音楽]まで持って きました。私は口を開けました。衣が軽い 音を立てて崩れました。その下から現れた のは真っ白でした。癖がない。生臭さも ない。噛むほどにほかな甘みが広がって いきます。私が毎朝沖場に捨ててきた魚の 味でした。私は何も言えませんでした。 デスポは包みをたくに置き、黙って帰って 行きました。これは食べられる魚なのかも しれない。その考えが初めて私の中に 浮かびましたけれど、まだ誰にも口に出す ことはできませんでした。その夜私は 網小屋に美ほ呼びました。裸電球の下で私 は4年前の春のことを初めて人に話しまし た。あの春、私が寝込んでいた12日間の ことです。量の1番いい季節でした。 ミハリスはフェリーの仕事を休み、私の 代わりに1人で船を出してくれました。 12日目の朝、帰ってきた息子の両手は 細かな傷だらけでした。あの魚を毎朝1人 で網から外していたのです。息子は網小屋 の口に立って言いました。親父毎朝網を あげても出てくるのはあの魚ばかりだ。 その年の夏、ミハリスはフェリーの仕事に 戻り、2度と網を握りませんでした。息子 を海から追い出したのはあの魚だ。私は4 年間。そう思って毎朝あの魚を投げ捨てて きたのです。話を得ると美ほしばらく黙っ ていました。それから携帯電話を取り出し 1枚の写真を見せました。港の三橋に並べ られた島の魚。日付は3年前でした。結婚 する前、日本にいた私にミハリスが送って
17:59
Speaker A
きました。写真の下に英語で一これ日本 なら食べられるみほがこの魚を初めて知っ たのはその写真だったと言います。 フェリーの休みの日に息子は港に来てあの 魚の写真を撮っていた。ミハリスは海を 捨てていなかったのです。手の晴れが引い た最初の朝網にはやはり島の魚がかかって いました。私は1匹ずつ網、青いバケツに 入れました。港に戻ると、私は置場の前を 通りすぎました。バケツを下げたままを 上がり、家の裏の勝手口の前にそっと置き ました。扉は叩きませんでした。数日後、 デスポの台に新しい札が立っていました。 トを取った島の魚の切り身。その横に 手書きの値段。港で1番安い根でした。 人気の魚の半分にもなりません。それでも 昼前には村の女たちが買っていきました。 そこへホテルの料理長ステリオスがやって きました。レスポに1切れ渡されて彼は 黙って噛しめました。そして台の上の 切り身を見て言いました。トを取ったもの を。毎週決まった両だけ届けてもらえるか い?レスポが私の方を振り返りました。 その夜、私は網小屋で古い長を開きました 。父の台から書き継いできた水揚げ [音楽]の記録です。ここ数年のページに は売り物の魚の重さの横にもう1つ数字が 書いてあります。その朝に捨てた魚の重さ です。私は毎朝恨みを数えるようにそれを 炊きつけていました。その数字にデスポの 普段の値段をかけてみました。1匹は安い けれど、毎朝これだけの量があるなら 売り物の魚が少ない朝の穴を埋められるか もしれない島でもこの魚を食べて減らそう という呼びかけが始まっていると前に ラジオで聞いたことがありました。その時 の私は聞き流していました。食べるのは どこか遠くの町の話だと思っていたのです 。捨てるたびに駆きつけてきた数字が 初めて別の意味を持って見えました。私は
20:12
Speaker A
正面を持ってアレクシスの家の塔を叩き ました。数字を見たアレクシスは長い間 黙っていました。その夜からアレクシスは 船を売る話をしなくなりました。網小屋に 戻って私は正面を閉じました。父の言葉が 耳の奥で蘇っていました。どうかすかを 考えろ。私の量を壊してきたこの魚がこの 港の量を支えるかもしれない。港の祭り まであと10日でした。毎年6月の初め、 この村では港に長い卓を並べ、学談を呼び 、夜遅くまで飲んで食べます。デスポは その祭りの夜店の前でこの魚をあげて出す と決めました。100皿ほどですけれど 問題がありました。100皿分の魚の都 安全に切れるのはみほ1人しかいなかった のです。村の女たちは美ほの手元を 覗き込んでも自分ではハミを取ろうとし ませんでした。その夜、私は網小屋に美ほ を呼びました。やり方を見せてくれないか ?みほ少し驚いた顔をしてから手袋を 1組み、私に差し出しました。ハサミの 角度。指を置く場所。切る順番。48年魚 をさばいてきた私の手は思った以上に 不器用でした。トの先についが伸びます。 その度に美ほの手が私の手首をそっと抑え ました。先に切る。祖父から教わったと いう言葉を美ほは何度も繰り返しました。 島の言葉ではなく日本の言葉で意味はもう 分かりました。曲がった人差し指はハサミ の輪にうまく入りません。美ほの手袋の 指先を切って私の指に合う形に直してくれ ました。日付が変わる頃私はようやく1匹 を最後まで1人で処理できました。それ からミハリスに電話をかけました。祭りの 日帰って来い。それだけ言って電話を切り ました。あのテラスの夕方から1月後、 祭りの夜、港には明りがつり、学の音が 響いていました。長い卓には村中の家から 持ち寄った料理が並んでいます。羊肉の 焼ける煙と焼きたてのパンの匂い、観光客
22:26
Speaker A
もたくさん[音楽]集まっていました。 デスポの店の前に小さな揚げ鍋が添えられ ていました。その前にみほが立っていまし た。スポに借りた前かけをつけ、髪を きつく結んでいます。足元にはトを取った 島の魚が箱に詰めて鍋てありました。私は 少し離れた網小屋の影に立っていました。 足元にもう1つの箱を置いたまま、手のひ がじっとりと汗ばんでいました。上がった 白身をさに盛り美は通りかかった観光客の 家族に差し出しました。父親が皿の上を 覗き込みます。その時後ろの方で村の男の 誰かが言いました。あれは毒の魚だぞ。 父親の手が止まりました。子供の肩を 引き寄せ一歩下がります。周りの村人たち も皿から目をそらしました。みほの 差し出した皿が誰にも受け取られないまま 中に浮いていました。私は人並をかき分け て前に出ました。両手に島の魚の入った箱 を抱えていました。加工台に置き、手袋を はめ、料理を取り出します。観光客の家族 の目の前で私は1匹目の魚を手に取りまし た。背びれのトを1本ずつ根元から切る。 腹びれのトを切る。しりびれのトを切る。 切ったトは2月きの瓶に落としていきます 。衣をつけ油に沈めます。泡の音が港に 響きました。上がった身を皿に盛り、私は その皿を両手で持ちました。そして観光客 の家族の前に差し出しました。一月前、 この手のひはみほの皿を止めていました。 トは全部私が切りました。どうぞ。父親が 私の顔を見ました。それから皿から一切れ 取りに運びました。しばらく噛んでいた 父親が小さく頷き、子供に一切れ渡しまし た。子供はそれを一口で放張りました。 おじいさんが取ったのを子供が私を見上げ て聞きました。まさ網にかかる。私はそれ だけ答えました。私は美ほの方を見ません でした。みほ何も言いませんでした。子供 がもう1度皿に手を伸ばしました。それを
24:46
Speaker A
見て別の子供たちが駆け寄ってきます。 さっきの父親が後ろの家族を振り返って 手招きしました。サはすぐに殻になりまし た。私は次の1匹お手に取りました。 田ティじいさんが自分の皿を持って並びに 来ました。その後ろにはさっき毒の魚だと 言った男の顔もありました。男は私と目を 合わせず黙って皿を差し出しました。私も 黙ってその皿に一切れを乗せました。いつ の間にか村の女たちが揚げ鍋の周りに 集まっていました。みほの手も覗き込み 1人がハサミを手に取ります。デスポが 自分の店の名前が入った前かけを外して みほの首にかけました。女たちの輪あの 真ん中で美ほの女にハサミの持ち方を教え ていました。人波の後ろにミハリスが立っ ていました。腕を組んでこちらを見てい ました。祭りの片付けが終わる頃殻になっ た魚の箱ミハリスが黙って船つき場まで 運んでくれました。並んで歩く間私たちは 一言も話しませんでした。それで十分でし た。祭りが終わり、港の明りが1つずつ 消えていく頃、3橋の橋でアレクシスが 自分の船の網を広げていました。売るはず だった船です。アレクシスは黙って網の 破れ目を1つずつ作ろっていました。私が 通りかかるとアレクシスは顔をあげずに 言いました。ホテルには断りの電話を入れ ました。足元には新しい厚手の手袋が憎み と2月きの瓶が1つ置いてありました。 明日から俺の網にかかった分もトを切って デスポさんの台に持っていきます。私は 頷いて彼の船のへ先に袋いようの糸を 一巻き置いていきました。それから5年が 経ちました。レスポの第2は今もあの札が 立っています。トは取ってあります。島の いくつかの食堂でもこの魚を出すように なりました。ステリオスのホテルには今も 毎週トを取った切り身を届けています。 この港の船は5隻のままです。一隻も減っ
26:54
Speaker A
ていませんけれど、海が元に戻ったわけで はありません。あの魚は今も毎朝網に かかります。夜明け前の海、東の空が少し ずつ白くなっていきます。71歳になった 私は今朝も網を巻き上げていました。腕の 力は5年前より落ちました。巻き上げるの に昔の場合の時間がかかります。水の中 から赤と白の島が上がってきます。売り物 の赤い小魚は今朝も数えるほどしかかかっ ていません。昔ならここで下打ちをして1 匹ずつバケツに投げ込んでいました。今朝 私は手袋をはめハサミを取り出します。隣 には17歳の若い漁師がいます。 アレクシスのおいです。去年から私の船に 乗るようになりました。トは触る前に切る 。私は曲がった人差し指で背びれの付け根 を示しました。若者はぎこちない手付きで ハサミを入れます。トの先に若者の指が 伸びかけました。私はその手首をそっと 抑えました。先にキル日本の言葉でそう 言いました。若者は意味を聞き返しません でした。この船に乗った最初の朝にもう 覚えていたからです。私はその指の位置を 少しだけ直しました。切ったトは2月の瓶 へ。トのない魚は青いバケツへ。網が すっかりからになると私は船を港へ向け ました[音楽]。3橋に船をつけ、青い バケツを下げて港を歩きます。置場の前を 通りすぎます。デスポの台の前で私は バケツを下ろしました。台の奥では店の 名前の入った前かけをつけたみほが氷 [音楽]を敷いていました。椅子に座った デスポがその手元に島の言葉で何か差しず をしています。今朝の分だみほが顔をあげ バケツの中を覗き込みました。そして 小さく頷きました。網に入ったものに文句 を言うな。どうかすかを考えろ。父の言葉 の後ろ半分を。私は60を過ぎてから ようやく覚えました。あなたにはずっと いらないものだと思って捨ててきたものは
29:08
Speaker A
ありますか?もしよければコメント欄で 教えてください。チャンネル登録と高評価 よろしければお願いします。最後までご覧 いただきありがとうございました。また 次回の動画でお会いしましょう。
Topics:海外の反応キプロス漁師外来魚毒魚日本人の嫁食文化地中海漁村物語

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