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2023「社会病理学」第5回 Chapter1 本論1 総論2A 1)改訂版修正版

社会病理学第5回。産業革命以前のイギリス中世社会の農民の束縛、囲い込み(エンクロージャー)、浮浪者問題、マニュファクチュアの成立、人口急増と綿工業の発展を概観し、産業革命の裏側の社会問題を検討する。

Key Takeaways

  • 産業革命は一般に発展の契機として肯定的に捉えられるが、その裏には社会問題が生じていた
  • イギリス中世社会は他国と大きく異なっていたわけではなく、囲い込みと貧困の構造が産業化の前提を形成した
  • 囲い込みによる土地の喪失が都市労働力の供給源となり、資本家と労働者の階級形成につながった
  • 都市人口の急激な増加は、産業革命期の社会病理の基盤となった

What the video covers

  • 中世イギリスでは領主が農奴を荘園で様々な形で拘束・抑圧していた(賦役、現物地代、経済外強制、領主裁判権など)
  • 13〜14世紀の農村における貨幣経済の普及により、貨幣で地代を納める自営農民(ヨーマン)が現れた
  • 羊毛需要の高まりを背景に、ジェントリらによる第一次囲い込みが行われ、小作人が耕作地を奪われて浮浪者が増大した
  • 浮浪者問題の深刻化を受け、エリザベス1世が1601年に救貧法を制定した
  • 囲い込みで土地を失った小作人を賃金労働者として雇うマニュファクチュアが始まり、資本家(ブルジョアジー)と労働者(プロレタリアート)が形成された
  • 18世紀半ばからの第二次囲い込みは農産物増産が目的で、没落した自営農民が賃金労働者となり都市に流入した
  • 都市に溢れた労働者が産業革命の豊富な労働力の前提となった
  • リバプール、マンチェスター、バーミンガム等の工業都市は1685年から1861年にかけて人口が70倍以上に増加した
  • 東インド会社や北米バージニア植民地を通じ、インド産・北米産の綿花が輸入され、木綿工業が産業革命を牽引した
  • 飛び杼、紡績機、蒸気機関(ワットによる完成は1776年)などの発明が木綿工業の発展を支えた

Answers

Questions about this video

産業革命はなぜ社会病理として注目されるのですか?

産業革命は社会発展の契機として積極的に評価される一方、その裏で囲い込みによる農民の没落、浮浪者の増加、都市への労働者の集中などの問題を生んだため、社会病理の観点から注目されます。

囲い込み(エンクロージャー)とは何ですか?

共同地や開放農地を囲い込んで私有化し、羊の牧場に転換する動きです。小作人は耕作地を失い、多くが浮浪者となりました。第一次は羊毛目的、第二次は農産物増産目的でした。

産業革命期にイギリスの工業都市の人口はどれほど増えたのですか?

講義では1685年から1861年にかけて、リバプールは約123倍、マンチェスターは約76倍、バーミンガムは約72倍に増加したと示されています。

Full Transcript — Download SRT & Markdown

00:02
Speaker A
はいそれでは社会病理学第5回を始めたい と思いますはいこれまで3回はですね本論 1総論1としましてですね現在日本社会の 特質と諸問題ということをタイトルに現代 日本人がですねどういうその苦悩を抱えて いるかということをまず 概観しておきたいという具合に思ったわけ ですね 具体的にはですねこの現代社会において ですね一体どのような社会問題が存在する のかということそして社会病理社会病理 って言うんですけども社会病理科っていう のは一体どういうことを指すのかという ことを確認した上でですね現在の日本に おけるですね社会病理とは一体どういう ものなのかということこれをですね確認し た次第です はいところでですねこの社会病理という ものが一体ですねいつ頃から注目される ようになったのかと言いますとこれは19 世紀なんですねでこの19世紀じゃあ一体 何があったのかというと 産業革命です 産業革命と言いますとですね皆さんご存知 のようにその18世紀のですねイギリスに 発症したとまあこういうその出来事なわけ ですけれどもこの産業革命と言いますと ですね一般的には 積極的に受け止められていますすなわち この社会を発展させるきっかけとなった そういう出来事であるということなんです よねところがですね実は言いますとこの 産業革命その裏ではですね色んなそういう その問題が生じておりました 今回はですねこの 産業というものを 背景にですねどういう問題が生じていたの かということこれをですね確認しておき たいと思うんですねということで今回は 総論の2としまして社会病院発生の
02:14
Speaker A
メカニズムを探る私的検証 産業革命以後のメイとアンということを タイトルにしてお話をしてまいりたいと 思います構成としましてはですねまずAと しまして 産業革命の展開と社会的明暗これは イギリス 産業革命の問題ですねはいそしてですねB としましてはですね日本の近代化家庭に 生じた社会的明暗ということでお話しして まいりたいと思います はいではですねまずイギリスの産業革命に ついてお話を始めたいと思うんですけれど もまあ最初はですねまずこのイギリス産業 革命のですね 背景と展開ということまあ要するに産業 革命に至るプロセスについてのお話なん ですけどもですねプロセスのお話に入る前 にですねそもそもイギリスのですね 旧社会 具体的にはまあ中世イギリスと言いますか 中世においてはですねイギリス社会どう だったのかということこれをちょっと確認 しておきたいですねでその趣旨はと言い ますとですね 要はイギリス社会っていうのは確かにです ね 産業革命を最初に 起こしたそういう国ではあるんですけれど もしかしながらですね 旧社会 旧時代においてはですね取り立ててですね 他の国とですね大きな違いがあったかと いうと 必ずしもそうではないということこれを ですね見ておきたいと思うんですねという ことでですねここにちょっとまとめてみ ましたはい中世イギリス社会というものの ですね特質と言いますか様子ですねはい えー要はですね他の国と同じようにですね
04:09
Speaker A
法権領主がおりましてそして彼らが所有し ている荘園にはですね 濃度と呼ばれる 農民たちがいましたでその濃度に対しては ですねこの保険領主たちは様々な形でです ねまあ抑圧をするというか 締め付けるというかですねはい 濃度たちはですね非常にそういうその自由 っていうものからですねかけ離れたところ で生活を強いられていたということになり ます 具体的なこういう締め付けについてはです ねここにちょっと3つほど挙げております けれども一つはですね不易これは要するに 例えば道路工事であるとかですねあるいは その橋の架け替えであるとかそういった 臨時的なですねそういうその 労役がですね彼らには課せられたという ことですねそれからあとですね土地をまあ 借りてですね工作をしているということで 結局そのですね使用量と言いますかねそれ をですね支払うことをですね命じられる わけですね これはまあ要するにその現物時代と言い ますかね 具体的には 収穫物です例えば小麦であるとかねそう いうものをですねでもってこの支払うこと になりますそれからですねもう一つは経済 外矯正と言いまして これは要するに濃度なわけですけどもまあ 所有物に近い存在ですから 結局何をするにもですねまあその 拘束されるわけです例えばあるものを利用 するとなればですねそれはこれを使えとで これを使えだけじゃないんですねまあこれ を使えということは使用量が発生するわけ で使用量を必ず 払わされるわけですねはいえーまぁそう いった形でですねそういうそのまあ
06:11
Speaker A
農業以外のところでのですねそのまあ負担 というものもですね彼らには強制されて おりましたし 領主裁判権と言いましてですね要するに 何事もですねこの 漁師様のですね言う通りにしないといけ ないわけですね 漁師が決めたことがそれがすごくまあ いわば法律みたいなものですねですから そういう形で彼らは日々ですねまあその 締め付けられていた 拘束されていたとこういうことになります はいまあそういう形でとにかく自由とは ですね全くかけ離れたところでですねこの 濃度たちは生活を強いられてたということ になるんですがまあそういったですね松園 社会と言いますか農村にもですねまああの ある時からですね変化の兆しが見え始め ますそれはここにも書いてますけども13 世紀から14世紀 農村における貨幣経済の普及という具合に 書いておりますけども一体この 農村社会において 貨幣経済がですねまあ普及したからといっ て一体そういうその締め付けにあってる ですね濃度たちの何が変わるのかという ことなんですけれどもまあ要するに 効能っていうのはねまあ先ほども言いまし たけども現物時代と言いまして 収穫物でそれまではまあ払ってたわけです 納めていたわけですねところがこの 貨幣経済の普及に伴ってですねそういう 濃度たちの中にですねこの 貨幣で持って 納めるというそういうものも現れてくる わけですねそして 例えばこの不易にしてもこれは労役なわけ ですけれどもこれもですねはいえーまぁ これこれ 払いますからだからちょっとまああの労役
08:08
Speaker A
は勘弁してくださいまあいうようなものも ですねまあ現れてくるということになり ますでそういうそのまあ人たちをですね 要するに自衛 農民と ヨーマンと呼びますね自衛 農民4万というもののと呼ばれるそういう 人たちがですね 発生するということになりますでこの人 たちはもちろんですね時代はまあ払ったり はしますけれどもしかしですね実際上は その自作能に近いような形でですねある 程度高速からですねその 逃れられるということで彼らはその農業 経営もやりますけれどもはいえーまぁ貨幣 経済に良くしておりますので彼らはですね そういうその 余裕をですねまあからですね 毛織物業にもですね 従事をするとそういう人たちもですね 現れるということなんですねはい ちなみにですねこの自衛農民の人たちが ですねこういうその 毛織物業にですねまああの従事するように なるっていうには実は背景があったんです ねそれは要するにですねこの頃 毛織物に対する 需要がですね非常に高まりつつあったと いうことなんですで次のですね3番の ところにはちょっと書いておりません けれどもまあこの 毛織物業にですね関心を持ったのは何も ですねこういうその 溶岩の人たちだけではなくてですねまあ その大地主をはじめ例えばその平民です けど地主であるこのジェントリーの人たち ですねもうですねしおりもの業に関心を 持ちますのでそういうことでですね いわゆるですね 囲い込みエンクロージャーというものを
10:10
Speaker A
ですね展開することになります ここにですね書いてありますけどもまあ それぞれの村にはですねまあその共同高地 場合によってはですね開放農地という具合 に行ったりもするようですけどもまあそう いう土地にですね自分たちはパパッとに 入っていってですね 尺を自分で作ってですねそれでもうこれは 私の土地という具合に 入れなくしちゃうんですねはいそしてそこ をですね結局 牧場化する 牧場というのは要するに毛よりものです からこれは羊の毛なので 羊を飼育するための 牧場にしてしまうしかも私有化するんです からですねだから他の人には手は出せなく なりますしかしですねこの共同工事って いうのはそもそも何だったかというとこれ はですね小作人ですねつまり土地を持た ない農民ですねのためにですねまあ土地を あてがってですねそして工作させて生活さ せるというそういう目的のですね土地でし た ですから勝手にですねそこを 策を作ってですね 囲い込みというものをやってしまうとなる とその人たちの 耕作地はなくなってしまいます 奪われてしまうんですねで結局そのまあ 小作人の人たちは生活の糧を失ってですね 結局 浮浪者になってしまいますその エンクロージャーというのはですね16 世紀に激化という具合に書いておりました けどもここにちょっと書き足しました 囲い込みはですね始まっていくのは15 世紀末からなんだそうですねしたがって このですねまあその囲い込みによってです ね
12:00
Speaker A
浮浪者がどんどんどんどんですね 溢れてこれは社会問題と化していきますね でそれをですね見るに3日寝たのが エリザベス女王ですねで はですね1601年に 旧品法というものを出す事態に 至ります 政府としてはですねこういうその社会問題 っていうのはよろしくないのでですから 囲い込みというのはもうですねやめろと ですね 命じるようにはなるんですけども簡単には ですね 収まらなかったようですねただですねこの 旧品法がですね 功を奏したかどうかというのは別なんです けれども一方でですね新たな動きが展開さ れ始めることになります 具体的にはですねこういうその 溶岩の人たちとかですねそれから都市の ですね手工業ギルドからですね 逃れてきたいわゆるその親方たちを中心に ですねこのエンクロージャーで耕作地を 奪われた小作人がいますねこの小作人の人 たちをですね自らが経営するそういうその 工場でですね 賃金労働者として 雇い入れて彼らにですねその 毛織物業に従事させるということが始まる んですねまあいわゆるですね 恒常性子工業 マニュファクチュアの始まりです 時折もの業っていうのはこういう形で国民 産業にですね発展していくわけですけれど も同時にですねこの展開っていうのは後々 のですね 産業革命との関わりで言いますとですね 資本家と労働者の形成ということになるん じゃないかという具合に思われます この場合のですね資本家っていうのは
13:54
Speaker A
いわゆるその中産市民層 出産階級と言いますかねまあそういうこと で ブルジョアージーという具合に呼ばれる ようになりますし一方のこの 賃金労働者っていうのはこれは無産車層 財産を持たないということで プロレタリアートという具合に呼ばれる ようになります ただですねまあこの 4番の人たちなんですけども新たな動きの 中でですね2曲分解をさせられることに なりますはいそれはどういうことかという とですねこの第2次囲い込みです この第二次囲い込みっていうのは彼ら4番 の人たちがですね 推し進めたいわゆるその第一次囲い込みと はですね目的が違うんですねはい第1次は 先ほども見ましたけれども要するに 僕用つまりですね 羊を飼育することによるですね 毛織物業の展開ということなんですけども この第二次囲い込みはですねこれははい えー18世紀半ばからということではい えーまあ 農産物の増産を目的とするさらに大規模な 囲い込みだったんですねはいでこの中で ですね 結局うまくですねこういうその流れに乗っ た溶岩の人たちはですね 成功を収めていくわけですけどもしかし その 波にですね乗り切れなかった人達っていう のはいわゆるその ぼっつらく自衛農民ということで彼らが かつてですね小作人をですね 賃金労働者として 雇い入れたようにですね彼ら自身が今度は 賃金労働者になっていくわけですで 結局彼らの行き先はというと年ですね
15:50
Speaker A
結局都市にこういう賃金労働者が溢れると いうことになってまいりますね はいえーまぁいずれにしましてもですね第 二次囲い込みによってですねまあ没落した 自衛農民をはじめとしてまあこういうその 賃金労働者ですね都市にあふれた新人労働 者はですね 結局ここに 豊富な労働力という具合に書きました けれどもその後訪れる 産業革命のですね前提条件というものを ですね作り出すことになります右半分の方 に進んでまいりますけれどもはいえー 例えばこの人口の問題をまず見てみますと ここはいえーまぁここはですねイギリス 工業都市人口の増加ということで上げて おりますけれども例えばこれ17世紀です ね 1685年っていうのはこれ万単位なん ですけどもはいえーこれリバプールという のは4000人しかいないですね マンチェスターも6000人 バーミンガンもですね4000人 シェフィールド4000 ブリストルが2.9ということで 29,000人ほどいますけれどもいずれ にしてもですねまあその後ですね工業都市 に発展していくそういうほとんどの地域が ですねこの17世紀の松の段階ですねに おいてはですねまだはいえー数千人程度の 人口しかないんですねところがですねそれ がはい1760年いわゆるですね 産業革命というものが本格的なですね動き を展開し始める頃になりますとですね リバプールは4万人マンチェスターは3万 人 バーミンガンマ2.8万人ですね シェフィールドも3万人ということで 桁が変わってまいりますはいさらにこの 19世紀の初め1801年になりますと
17:57
Speaker A
ですねそれがさらに 倍とかですね3倍とかですねそういう感じ まあ リーズっていうのはこれはデータがここは ないんですけれどもまあいきなり登場して 5万3000人ということまあそれから ですねその次1861年それから60年半 世紀をちょっと過ぎますとですねこれは さらに 桁が違ってくるんですね ということになってきます40万人レベル ですねマンチェスターはこれは6ですね 46万人ということになりますね8点ぶり というか人口のですね増加ぶりというもの を今ちょっとですね 計算してみましたらですねはいえーまあ この1685年というのはほとんどどの ですね地域まあブリスルは除きますけども 数千人程度というよりは5000人前後で あったのがですね 1760年 産業革命がですね始まる頃にはすでにです ね10倍とかですねはい5倍7倍いずれに してもですねまあ5倍以上78倍ぐらいに はですね増加しているんですねそして さらにですね1801年19世紀の初めに なりますこれわずかですね40年ほどです けどもはいこれが2倍3倍という具合に なっておりますしそれからですね今度60 年経った1861年ではさらに6倍5倍 ぐらいにですね増えてるまあいずれにし ましてもですねリバプールで言いますと 1685年に比べるとですね 1861年っていうのは123倍 マンチェスターにしてもですね76倍 バーミンガムでもですね72倍ということ になっております ちなみにですね 位置関係で言いますとはいリバプールは ここですねはいえーランカシャ地方という
19:54
Speaker A
概念に関してますそれからですねはい マンチェスターはここになりますねそして バーミングがここになりますまあこのです ね赤い所っていうのはこれは工業地帯と いう具合に書いてます黒く囲ったところ これは 丹田地帯要するに石炭がですね 算出するところそしてですね赤いですね あの正方形はこれは降参時ということで 鉄鉱石がですね取れる 鉱山があるところということで バーミンガムですねAはその地域に 永続しておりますねそういうことではい えーこの工業地帯を中心にですね人口増加 とりわけですねこういうその19世紀に 入ってからの飛躍的なですね増大という ものがですね明らかだということになり ますただですねここでですねイギリス人に おけるですね指向性のですね変化という ことを確認しておく必要があるかと思い ます すでにですねこの 囲い込みのところでもですねお話をしまし たようにかつてはですねまあこのイギリス ではですね 羊の毛 羊毛ですねを 原料とするですね 毛織物これはですね非常にこのまあ注目を 浴びてですね 需要が高かったということなんですけれど もしかしながらですねその後はいえー インドやですね北米からですねまあ綿花が ですねまあ輸入できるようになったという ことを背景にだんだんとですねこの 軽くてですね 通気性の良い素材である 綿布ですね 木綿のですねまあ 需要というものの方がより高くなっていく
21:45
Speaker A
ということなんですよねはいえーまあこの インドや北米のですね 綿花というものが注目されるに至った背景 と言いますのはこれはやはりですねまあ あのエリザベス女王以来のですねそういう その貿易の 拡大ということが言えるかと思いますはい えーまぁここに一つ書いてますので ちょっと見ていただけますかはい一つは ですねはい東インド会社これは先ほど言い ましたエリザベス1世によってですね 1600年に設立されたものです それからですね北米 バージニア植民地これの基礎がですねほぼ 同じ頃このエリザベス1世の時代にですね まあこの 基盤 基礎が 打ち立てられる構築されるというような ことになりますですねはいえーで 結局このインドそして北米バージニアから ですねこの 綿花というものが入ってくるということに なるんですねとりわけですねインドのこの 木綿というのはですねインドキャラコと いう具合に呼ばれてですねとても情報がら れたということをなんですねまあですから この 産業革命というのは要するにこの木綿工業 を推進するという形でですね進行していく んだということなんですね 7番目はい見てみましょうはい 木綿に対する 需要というものが17世紀以降高まって まいりますそうしますとですねまあそれを 何とか効率よくですねまあその製品にです ね仕立て上げていくためのですねそういう その機械ですね仕組みといったものがです ね必要になってくるわけですねはいここに 7番のところですけども食器
23:48
Speaker A
織り機ですね まあ日本で言えばまあよく機織り機なんて いうこと言いましたけどもまあそのおりき のですね発明開発進んでまいります 木綿工業の発明ということで食器ですね そして 紡績機の関係のことをですねわかりやすく ですねまとめた表がありましたので 転用させていただきましたまずはいえー これ ジョンケイの飛び火というものですねはい これがですね 18世紀のですね前半1733年にですね これが開発されます発明されますそして次 ハーグリーブスですねアークライト クローントンカートライトという感じで ですねこれははいえー4大発明という具合 に書かれてますけども様々なこの 紡績機カートライター力食器になってます けどもこのはいえー 1700年代のですねはい前半から後半に かけてこういう大きなですね発明がですね 次々と なされるということになるんですねでこれ は要するに全てだから 木綿工業のための発明なんですねはい そしてですねその石器送水防石器この辺り はですねやはりそういうその動力という ものが必要になってきますそこでですね はいこの8番です 蒸気機関というものの発明が 木綿工業のですね発展というものを大きく ですね支えるということになってまいり ますねまず入庫面がですね1705年に はい蒸気機関を発明しますそしてですね このワットがですね 1776年にですね開発をしこの 完成ということをですね蒸気機関を完成さ せるということになりますねはい 1776年というのはここで言いますと
25:55
Speaker A
情報とこのはいアークライトから クローントンこういったものがですねまあ この 木綿工業というものを一層ですね発展さ せるということになりそしてまたですね もう一つ言っておきますとはいこのですね 蒸気機関の発明というものはこれは交通 機関にもですね 影響をもたらしますここにですね書いて ますけどもいろんな形で実用化するんです けどもスティーヴンソンがですね1814 年にこれは19世紀になってからなんです けども 蒸気機関車を発明しますそしてそれがです ね結局ははいその16年後のですね マンチェスターリバプール間のですね 鉄道開通ということにですねつながって まいりますとりわけこのリバプールという のはこれは公安に面しており海に面して おります 従ってですね製品の罪だし粉 マンチェスターというのは 産業革命のですねまあ出発点という具合に 言われますまあいずれにしてもですね手相 というのはその 木綿工業にとってなくてはならない インフラであったことは確かだと思います ねしかしもう一つ言いますこの 蒸気機関そのものをですねまあ有効にする ためのですねつまりそれは燃料です 燃料は何か化石燃料です先ほどですねこの 丹田自体黒い枠っていうのはこれは丹田 地帯だという具合に 申し上げましたけれども要するに 蒸気機関車ができてもですねあるいはその 蒸気機関を動かすにあたってもですね非常 にこの重要なのはやっぱり石炭なんですね はいえーですからこの石炭というものを ですねまあ採掘するまだから最短あるいは 出版という側に言いますけどもはいえー
27:46
Speaker A
まあこれをですね 増大させるということがですね非常に重要 になってくるわけですけども同時にですね この頃 鉄鋼業ですねのですねまあ発展というもの もですね進みますここにですね石炭ですね 石炭工業それから 鉄製鉄ですねのですね一体的な発展という ものがですねここで出現するということに なります こういったものがですね相まってイギリス のですね 産業革命というものがですねどんどん 展開されていくということになるわけです ねまあこれをですね一言で言えばですね要 ははいかつての 恒常性手工業いわゆるマニュファクチュア からですねはい 恒常性機械工業への 転身ということ発展ということですねこれ がイギリス産業革命というものの特色で あるということが言えるんじゃないかと いう具合に思いますねはいまあいずれにし ましてもですねイギリスで始まったこの 産業革命と言いますのは19世紀に入り ますとアメリカへまあこれがですねその 40年後ぐらいですかねさらにはフランス ドイツがですねまあこう続きますロシアも ですね1860年代にはですね 産業革命の時代にですね入っていくんです が まあ日本はいえーまあイギリスからですね 遅れることだいたい100年後 ようやくにしてですね日本も 産業革命の時代へと突入するということに なります時代は当然この明治維新以後と いうことになりますねまあ文明開化の中で ですねこの 産業革命も 産声を上げるということになります
Topics:社会病理学産業革命囲い込みエンクロージャーマニュファクチュアイギリス史綿工業プロレタリアート都市化救貧法

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