Speaker A
アスピリンとほぼ同じ時期に生まれていた 。会社が期待をかけたのはアスピリンでは なくこちらのヘロインの方だったのである 。子供の席にも使える家庭の薬として薬局 の棚には小さな瓶が並び新聞には広告が 乗ったところが実際のヘロインは体に入る とすぐにモルヒに変わって脳に届く薬だっ たので癖にならないどころかモルヒを飲む よりもずっと早くずっと強く人を取り子に してしまった。咳を止めるために飲み始め た人たちが、やがて薬なしでは1日も 過ごせなくなり、量を増やし続けていった のである。バイエルは10数年後に ヘロインから手を引き[音楽]、世界の 国々も次々に取り締まりを始めたが、1度 生まれた薬は消えることなく広がり、今も 多くの命を奪い続けている。2つ目は元気 になる水である。ヘロインが売り出された 1898年はフランスのキュリーが ラジウムを見つけた年でもあった。暗闇み で青白く光るこの不思議な物質は20世紀 の初めには体に力を与える夢の物質だと 信じられるようになり、ラジウム入りの 歯磨きや化粧クリーム、チョコレートまで が店に並んだ。アメリカの時計工場では 暗闇でも時刻が読めるように若い女性たち がラジウムを混ぜた塗料で文字盤に数字を 書いていた。彼女たちは細い筆の先を唇で 舐めて尖らせるよう教えられていたので 毎日少しずつラジウムを飲み込み、やがて 歯が抜け顎の骨が崩れて何人もが若くして なくなった。 それでもラジウムは体にいいという考えは すぐには消えず、中でも人気を集めたのが ラジウムを溶かし込んだ飲み水だったので ある。アメリカのエヴンバイヤーズという 符号はゴルフの名主としても知られた男で 、怪我の痛みを取るために意められ、 1927年からこの水を飲み始めた。体の 調子が良くなったと感じた彼はそれから数