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史上最悪の発明7選|人を救うために作られた発明は、なぜ人を殺したのか

1924年、トマス・ミジリーは鉛入りガソリンやフロンなど人を救うはずの発明が人命を奪った例を示した。ヘロイン、ラジウム、サリドマイド、フロンなど7つの発明を紹介する。

Key Takeaways

  • 善意で作られた発明でも、安全性の検証が不十分なら大きな害をもたらす
  • 製品の有害性を知りながら隠したり、利益を優先したりする企業の姿勢が被害を拡大させた
  • 慎重な審査や疑問を持ち続ける人の存在が多くの命を守る
  • 環境や健康への影響は長期間経ってから明らかになることがあり、継続的な監視が重要である

What the video covers

  • 1924年、トマス・ミジリーが鉛を溶かした液体を吸い込んで安全性を誇示したが、直前に工場で作業員が死亡していた
  • 人を救うために作られた発明が、結果として多くの命を奪った事例を順に紹介する
  • 咳止めとして売られたヘロインは、モルヒネより強く依存性を生み出し、多くの命を奪った
  • ラジウムを健康に良いとする風潮が広がり、時計工場の女性たちが被曝して若くして亡くなった
  • ラジウム入りの飲み水を飲み続けた人物も、健康被害により命を落とした
  • ロボトミー手術は心の病の治療として広まり、アメリカだけで数万人の脳が切られた
  • サリドマイドは妊婦の安全な薬として売られたが、胎児に深刻な障害を生じさせた
  • 日本では回収が遅れ、被害が拡大した。一方アメリカでは審査官ケルシーが承認を拒み、被害を防いだ
  • 冷蔵庫の冷媒として開発されたフロンは、オゾン層を破壊し紫外線被害を増やした
  • 鉛入りガソリンは約100年にわたり世界中で使われ、子供の知能低下など大きな健康被害をもたらした

Answers

Questions about this video

この動画で取り上げられている7つの発明は何ですか?

動画では、ヘロイン(咳止め)、ラジウム入りの製品、ロボトミー手術、サリドマイド、フロン、鉛入りガソリンなどが取り上げられています。いずれも善意や便利さを目的に生まれましたが、深刻な被害をもたらしました。

サリドマイドで被害が拡大したのはなぜですか?

動画によると、当時の動物試験では胎児への影響が十分に確かめられておらず、安全性の検証が不足していました。日本では回収までに10ヶ月もかかり、その間にも被害が増えたと説明されています。

フロンはどのように地球環境に影響を与えたのですか?

フロンは地上では安定していますが、成層圏まで上昇して分解され、塩素を放出します。その塩素がオゾン層を破壊し、有害な紫外線が増えて皮膚癌や生態系への影響をもたらすと説明されています。

Full Transcript — Download SRT & Markdown

00:00
Speaker A
1924年10月、アメリカのニューヨークで開かれた記者会見で、一人の科学者が鉛を溶かし込んだ透明な液体を両手にたっぷりと浴び、その瓶を鼻先に近づけて一分近くも深く吸い込んで見せた。そのわずか数日前、この液体を作る工場では作業員たちが次々に正気を失い、何人もが命を落としていた。しかし男は記者たちを前に、毎日やれば危ないかもしれないが、これくらいなら何の心配もないと言ってのけたのである。男の名前はトマス・ミジリーという。後にある歴史家から、地球の空気にこれまで地球に現れたどんな生き物よりも大きな影響を与えた人物とまで呼ばれることになる男である。
02:22
Speaker A
アスピリンとほぼ同じ時期に生まれていた 。会社が期待をかけたのはアスピリンでは なくこちらのヘロインの方だったのである 。子供の席にも使える家庭の薬として薬局 の棚には小さな瓶が並び新聞には広告が 乗ったところが実際のヘロインは体に入る とすぐにモルヒに変わって脳に届く薬だっ たので癖にならないどころかモルヒを飲む よりもずっと早くずっと強く人を取り子に してしまった。咳を止めるために飲み始め た人たちが、やがて薬なしでは1日も 過ごせなくなり、量を増やし続けていった のである。バイエルは10数年後に ヘロインから手を引き[音楽]、世界の 国々も次々に取り締まりを始めたが、1度 生まれた薬は消えることなく広がり、今も 多くの命を奪い続けている。2つ目は元気 になる水である。ヘロインが売り出された 1898年はフランスのキュリーが ラジウムを見つけた年でもあった。暗闇み で青白く光るこの不思議な物質は20世紀 の初めには体に力を与える夢の物質だと 信じられるようになり、ラジウム入りの 歯磨きや化粧クリーム、チョコレートまで が店に並んだ。アメリカの時計工場では 暗闇でも時刻が読めるように若い女性たち がラジウムを混ぜた塗料で文字盤に数字を 書いていた。彼女たちは細い筆の先を唇で 舐めて尖らせるよう教えられていたので 毎日少しずつラジウムを飲み込み、やがて 歯が抜け顎の骨が崩れて何人もが若くして なくなった。 それでもラジウムは体にいいという考えは すぐには消えず、中でも人気を集めたのが ラジウムを溶かし込んだ飲み水だったので ある。アメリカのエヴンバイヤーズという 符号はゴルフの名主としても知られた男で 、怪我の痛みを取るために意められ、 1927年からこの水を飲み始めた。体の 調子が良くなったと感じた彼はそれから数
04:34
Speaker A
なぜたった一人の科学者がそこまで言われることになったのか。その答えは、彼より前に生まれたいくつもの発明が、すでに同じ道を辿っていたことを知ると見えてくる。世界には、人を救うつもりで生み出されたのに、反対に人の命を奪ってしまった発明がいくつも存在している。どれも人を殺すために作られたものではない。それなのに人が死んでいったのである。なぜ人を救うために作られた発明が、人を殺すことになったのか。ここから先は、そうした発明を、まだましなものから順番に一つずつ見ていく。
06:45
Speaker A
施設で過ごした。1950年代に心の病に よく聞く薬が生まれるとロボトミーは急速 に行われなくなったがそれまでにアメリカ だけで数万人の脳が切られていたのである 。モニスのノーベル賞は今も取り消されて いない。手術を受けた人の家族が取り消し を求めたこともあったが、賞はそのまま 残っている。4つ目は妊婦のための薬で ある。1957年、西ドイツの制薬会社が よく眠れて座りも柔らぐという新しい薬を 売り出した。動物にどれだけたくさん飲ま せても死ななかったので、この薬は妊婦が 飲んでも安全なこれまでにない薬だと宣伝 された。サリドマイドである。実は当時の 試験で使われたネズミはこの薬の害を ほとんど受けない体を持っていてお腹の子 まで確かめる試験は十分に行われてい なかった。そして発売の数年後から手や足 が極端に短い赤ちゃんがヨーロッパの各地 で次々に生まれるようになる。お腹の中で 赤ちゃんの手足が作られていく。ほんの数 週間の間にこの薬を飲むとその手足が育た なくなってしまうのである。1961年、 西ドイツの意思が危険を警告し、薬はすぐ に回収されたが、日本ではイ民という名前 の睡眠薬や胃腸の薬として売られていた この薬が科学的な根拠がないとして販売さ れ続け、回収が始まったのは10ヶ月も後 のことだった。その遅れの間にも被害は 増え、日本では資産を含めておよそ 1000人、世界では数千人から1万人の 赤ちゃんが被害にあったと見られている。 ただアメリカではフランシスケルシーと いう審査官が安全だという証拠が足りない として何度められても許可を出さなかった ので被害はごくわずかにとまった。1人が 疑い続けたことで数えきれない赤ちゃんが 守られたのである。しかもこの話には続き がある。サリドマイドは後に反戦病の重い 症状や血液の癌の1つによく聞くことが
09:01
Speaker A
一つ目は咳止めの薬である。1898年、ドイツの製薬会社バイエルが新しい咳止めを売り出した。当時は結核や肺炎が広がっていて、激しい咳に苦しむ人が大勢いたので、よく効く咳止めは何よりも求められていた薬だった。それまで咳止めに使われていたモルヒネには、やめられなくなる性質があることが知られていたが、新しい薬はモルヒネよりもよく効き、しかも癖にならないと宣伝された。名前はドイツ語で英雄的という意味の言葉から取られたヘロインである。
11:16
Speaker A
違う。この2つは地球の空と地球に生きる ほとんど全ての人を巻き込んだのである。 6つ目は冷蔵庫のガスである。1920年 代の冷蔵庫は中を冷やすためにアンモニア など毒のあるガスや燃えやすいガスを使っ ていたのでガスが漏れて人が死ぬ事故が 度々起きていた。 そこでアメリカの自動車会社ジェネラル モーターズの研究者たちは燃えず毒もない 全く新しいガスを作り出した。不論である 。1930年アメリカの科学の学会でこの ガスを発明した科学者は不論を胸いっぱい に吸い込み、その息を火のついたロソに 吹きかけて炎を消してみせた。吸っても 平気で火も消せる夢のガスだったのである 。 は冷蔵庫やエアコン、スプレー感に使われ 世界中の家庭に広がっていったところが 1974年アメリカのシャーウッド ローランドとメキシコ出身のマリオ モリーナという2人の科学者が恐ろしい 計算結果を発表する。地上ではとても安定 している不論は壊れないまま何年もかけて 空の高いところまで登っていき、そこで 太陽の強い光を浴びてようやく分解される と中に閉じ込めていた塩素を放ってしまう 。その塩素は地球を太陽の有害な光って いるオ存の層を1つで何万個も壊し続ける のである。存の層が薄くなれば地上に届く 強い紫外線が増えて皮膚の癌や目の病気が 増え海の小さな生き物や畑の作物まで 傷ついていく。 1985年イギリスの研究者たちが南極の 上空でオ存の層に大きな穴が開いている ことを見つけ2年後には世界の国々が不論 を減らす約束を結んだ。ローランドと モリーナの2人は発表した当初企業から 大げだと激しく批判されたが、1995年 その警告を認められてノーベル賞を 受け取っている。それでもすでに空に登っ
13:35
Speaker A
実はこの薬は、同じ会社の研究所で今も世界中で飲まれている解熱鎮痛剤のアスピリンとほぼ同じ時期に生まれていた。会社が期待をかけたのはアスピリンではなく、こちらのヘロインの方だったのである。子供の咳にも使える家庭の薬として、薬局の棚には小さな瓶が並び、新聞には広告が載った。ところが実際のヘロインは体に入るとすぐにモルヒネに変わって脳に届く薬だったので、癖にならないどころか、モルヒネを飲むよりもずっと早く、ずっと強く人を虜にしてしまった。咳を止めるために飲み始めた人たちが、やがて薬なしでは一日も過ごせなくなり、量を増やし続けていったのである。バイエルは十数年後にヘロインから手を引き、世界の国々も次々に取り締まりを始めたが、一度生まれた薬は消えることなく広がり、今も多くの命を奪い続けている。
15:40
Speaker A
疑い続けた1人が多くの命を守ったが、 ここでは反対に証拠が足りないという理由 で危険なものが世の中に戻されたのである 。こうして遊園ガソリンはそれから100 年近くにわって世界中の車に入れられ廃気 ガスと共に鉛りを道路や畑や家の中に 巻き散らしていった。鉛り は育ち盛りの子供の脳に入ると考える力や 落ち着きを少しずつ削っていく。 22年のアメリカの研究では子供の頃 に鉛りを多く浴びたアメリカ人はおよそ 1億7000万人に登り、国全体で失われ た知能の合計は8億点を超えると計算され ている。この危険に世界で最初に本気で 気づいた[音楽]のは意外なことに地球の 年齢を図ろうとしていたアメリカのクレア パターソンという学者だった。彼は隕石に 含まれる鉛りを調べて地球がおよそ45億 年前に生まれたことを突き止めたが、その 実験の途中でどれだけ部屋を掃除しても 空気や水や自分の手から鉛りが入り込んで くることに悩まされた。不思議に思った彼 がグリーンランドの氷を深く掘って昔の 空気を調べると氷の中の鉛りは遊園 ガソリンが広まった頃から急激に増えてい たのである。パターソンは石油や自動車の 会社から研究のお金を止められるなどの 圧力を受けながらも残りの人生をかけ て鉛りの危険[音楽]を訴え続けた。 日本でも1970年、東京の交差点のそば に住む人たちの力高い濃度の鉛りが 見つかり、5年後に普通のガソリンから 鉛りが取り除かれた。世界で最後に自動車 用の遊園ガソリンが亡くなったのは 2021年北アフリカのアルジェリアでの ことである。 1人の男が思いついた2つの発明が地球の 空気と何十億という人の体をおよそ100 年にわって変え続けたのである。 ではそのミジリー本人はどうなったのか。
17:53
Speaker A
二つ目は元気になる水である。ヘロインが売り出された1898年は、フランスのキュリーがラジウムを見つけた年でもあった。暗闇で青白く光るこの不思議な物質は、20世紀の初めには体に力を与える夢の物質だと信じられるようになり、ラジウム入りの歯磨きや化粧クリーム、チョコレートまでが店に並んだ。アメリカの時計工場では、暗闇でも時刻が読めるように若い女性たちがラジウムを混ぜた塗料で文字盤に数字を書いていた。彼女たちは細い筆の先を唇で舐めて尖らせるよう教えられていたので、毎日少しずつラジウムを飲み込み、やがて歯が抜け、顎の骨が崩れて、何人もが若くしてなくなった。
Topics:歴史発明ヘロインサリドマイドフロン鉛ガソリンラジウムロボトミー科学史薬害

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