Speaker A
はい、それでは、え、授業をやっていきたいと思います。え、今日はですね、セクシュアリティについてのあの、え、講義になります。はい。で、えっと、セクシュアリティって言うと性的思考っていう風にうん、訳されます。で、思考の、えー、感じは思うと書いて思考という風に読みます。え、英語で言うとオリエンテーションなんですね。で、え、このこちらの思考品みたいな意味のその思考っていう感じではない、え、ていうことなんですけれども、これなぜかって言うと、こう思考品みたいな、こう思考だとですね、こう好きにこうセクシュアリティを変えられるみたいなそういうこう意味合になっちゃう、ま、そういう風に取られることもあると思うのでと、ま、そういう風にこう自由に変えられるものではないっていう意味で、ま、刺すというと書いて思考という風に、え、言われることが多いですね。で、自分の性的欲望、性的幻想や恋愛感をどのような対象に向けるか向けないかっていう、え、ことを指しています。で、これあのね、向けないっていう場合もあるので、え、この場合についてもお話ししていきたいと思います。はい。で、次、あのですね、え、セクシュアリティっていうとなんとなくLGBTQのことを話すんだろうみたいな、え、風に、え、思われることも多いんですけれども、ま、これも優張化の1つだと思います。え、1番多いセクシュアリティっていうのは異性愛ですね、マジョリティです。ヘテロセクシュアルですね。で、えの、ま、これあのヘテロセクシュアルについてはまた後で説明しますけれども、え、まず、ま、LGBTQについてお話ししましょう。ま、このQの後にプラスってついたりとかIってついたりする場合もあるんですけれども、ま、あの、1番よく言われてるLGBTQ、これはあの、皆さん知ってると思います。えー、Lはレズビアンの、え、頭文字で、Gはゲイの頭文字で、Bはバイセクシュアルの頭文字で、トランスジェンダーは、Aの頭文字としてTですね。で、クアというカテゴリーもあります。クについてはまた後から説明しますけれども、えっと、レズビアンっていうのは、え、女性の性的指向があって、え、で、女性に引かれるという意味ですね。で、ゲイは男性の性的指向があって、男性に引かれると。で、バイセクシュアルというのは男女両方に惹かれる。え、トランスジェンダーというのは、ま、あの、え、男として生まれたんだけど、え、女性の、え、性自認があると、え、反対もあるという感じなんですけれども、よく考えるというか、あの、もうね、あの、知ってる方もいらっしゃると思うんですけれども、セクシュアリティっていうのはジェンダー化されているっていう風に指摘されています。これどういうことかと言うと、男女に言論の枠組がセクシュアリティの中にも潜んでいるという風に言われていますので覚えておかれるといいのかなと思います。え、ま、Lは、え、女性ね。え、で、Aは男性でバイセクシュアルの場合という意味は2つという意味がありますから、これは男女という意味の2つということで、ま、中間のね、その、えー、ノンバイナリーみたいな存在はなかなかあの想定されてないですね。で、トランスジェンダーに関してもトランスという意味は移行すると意味があるので、え、男から女、女から男というような意味付けがあるわけですよね。え、そういう意味であの、セクシュアリティのカテゴリーっていうのは非常にジェンダー化されているっていう形があると思います。で、クイアに関してはですね、あの、ええ、この授業の後の方にもあので詳しく説明しますけれども、えー、エイズというね、病気、え、これは性感染症なんですけれども、まあ感染したら、ま、昔は死ぬという病でした。今は大丈夫です。感染しても、あの、薬さえ飲んでいれば寿命ぐらいは生きられるんですけれども、昔、ま、80年代、90年代に、え、エイズに、え、感染するセクシャルマイノリティが非常に多くて、え、でもまあ、ま、特にアメリカではですね、あの、政府の対策が遅かったんですよね。え、ということで市民運動、社会運動が盛んになって、で、その時にあのマイノリティが、ま、共闘していかなくちゃいけない、連帯していかなくちゃいけないという意味でですね、セクシュアルマイノリティ全体を包括するカテゴリーとして考案されたのがクイアという、え、カテゴリーです。で、元々はですね、差別語だったんですね。あの、変態というような意味があったんですけれども、当事者たちがあの、それで何が悪いんだという風にプライドを持ってですね、自分たちを示す言葉として使ったというような、え、経緯があります。はい。で、アセクシャルってここに書いてるんですけれども、アセクシュアルに関してはちょっと後ほど説明いたします。え、クエショニングという意味もあるようです。で、クエショニングっていう意味はですね、ま、あの、ま、え、異性愛者ではないぐらいで捉えておくといいのかなと思います。ちょっと今よくわからないとか、あの、ま、あの、そう、そういう程度の意味で考えておいていただけるといいのかなという風に思います。ま、とかはっきりさせたくないっていう場合もちろんありますのでね。とか、ま、カテゴリーリーっていうことに、ま、囚われたくないっていうこともあると思います。ま、これについても後から説明します。で、えっと、レズとかホモっていう言い方は、ま、当事者はする場合があるんですよね。レズビアンの人とかセクシュアルの人っていうのはする場合があるんですけれども、え、当事者以外が言う時に差別語になりやすいので気をつけるといいと思います。これなぜかと言うと、ま、本当にあの差別語として使われてきた歴史的文脈を背負ってしまっているので、え、差別語だなっていう風に捉えられる場合が多いんですね。ま、ですからちょっと気をつけておくといいかなという風に思います。はい。で、次、え、ですね、えっと、あ、セクシュアルについて、アセクシュアル、アロマンティックについて、最近急速にあの研究が、え、増えてきていると思います。え、特にこの松浦ゆさんのあのこれ新なんですけれども、こちらがあの大変分かりやすいので最初もちもしね、あのえ、もし興味がある方はこちらを、え、お勧めいたします。で、えっと、アセクシュアルロマンティック、えっと、まとめてアロエースという風に呼ぶこともあります。で、アセクシャルというのは、え、性的惹かれを経験していないしない人。性的惹かれというのはセクシュアルトラクション、ま、性的に欲望を感じるとか、え、魅力を感じることですね、ま、一応ですね、今のあ、日本語としては的惹かれという風にされますので、こういう風に書いてます。で、えっと性的惹かれをですね、ま、わゆる抑制するというような感じっていうのを、ま、持つ場合もあるし、持たない場合もある。持ってもだから人に向かないっていう時にはセクシュアルっていう風に言う場合があると思います。あと惹かれを持つ場合も持たない場合もあるという風に書かれてるんですけれども、アロマンティックっていうのは、ま、あのセクシュアルなこと、え、自体を受け付けない。ま、もちろん自分があの経験するのも嫌だし、そういうのを見るのも嫌だ。見るのも嫌。え、聞くのも嫌だ。ま、下ネタも嫌だみたいなね、え、感じともいらっしゃるんですけれども、そうじゃない人もいます。だからアセクシャルだからと言って下ネタがあの嫌いだって決めつけることでもないかなという風に思います。ま、軽くね、これ聞いてみるといいのかな。聞いてみるというのは、あの、下ネタ大丈夫なのかっていうようなことも、あの、聞いてみるとね、いいのかもしれないですし、うん。ねと思います。もうあんまりそのな、何て言うんだろう?緊張しなくていいのかなと思います。あとアロマンティックですね。アロマンティックっていうのは恋愛感情を持たないという人ですね。で、え、エイスとアローが、ま、両立する場合もあるけど、そうではない場合がありますということです。で、アロエスに関するカテゴリーとしてはかなりちょっとね、他にもあるんですよ。えっと、例えば、え、デミセクシュアル、デミロマンティックという言い方があります。え、これは基本的には他者に性的恋愛的に惹かれることはなくて情緒的な繋がりができた場合にのみ恋愛的惹かれを抱くことがあるというような人たちでリスセクシュアルリスロマンティックという言い方もあって他者に性的恋愛的に引かれることはあるが相手からその感情を返して欲しいとは感じないというような人たち英語セクシュアル英語ロマンティックっていうあり方もありますね、え、性的恋愛的表現を愛行したり、性的恋愛的空想したりするが自ら正愛、え、恋愛に参加したいとは望まない。ま、こちらに関しては例えば2次元のね、オタクの人とか、あ、2次元捜索をしてる人とか、あの、ような人は、あの、実はこういう方が多いのかもしれないですよね。はい。という風にいっぱいカテゴリーが出てきました。いっぱいカテゴリーが出てきたんですけれども、こちらに関してはちょっと次のところですね、あの、これちょっと注意したらいいのかなと思うんですけれども、え、スペクトラム、スペクトラムっていうのはね、連続体という意味なんですけど、ま、グラデーションとして考えるという、えー、ことが大事なのかなと思います。つまり何かのカテゴリーに当てはまるかどうかは本人にも分からないことがあるし、ましてやね、他者がこうだねっていう風に決めつけることでもないかなという風に思います。で、曖昧なあり方を排除しない方がいいのかなという風に思います。はい。あと、え、カテゴリーとの付き合い方を考えることですね。カテゴリーがあることで同じような人々と出会える機会にはなる。ま、つまり、ま、ね、自分と同じような人たちはちょっと、ま、出会えるきっかけにはなるんだけれども、え、でもそのカテゴリーとは、ま、ただの道具なのであって、それに当てはまらないからと言って、え、それが正しくないわけではないことですよね。ま、まずあのカテゴリーリーっていうのがあるっていうことで、あの自分のようなあの人たちがいないという風に思っていたのがなんかいるかもしれないっていう風に気づけられればいいだけであってあの当てはまらなくてもですね。ま、この部分は同じだけどこの部分はちょっと自分は違うなくらいで考えておくといいと思います。と同じでなければならないっていうことではなくて、あの一種の基準みたいに考えたらいいのかなという風に思いますので、あのカテゴリーに囚われすぎないようにしたらいいのかなという風に思います。はい。え、で次ですね。え、はい。ロマンティックラブイデオロギーについてです。ま、これはですね、あの異性愛の中にあるこう理想みたいな話をします。で、異性愛っていうのはマジョリティなんですけれども、その中でもこれがえっと最高のそのあり方なんだ。正愛のあり方なんだという風に言われているというかね。え、モデルというか、ま、あの、されてきた今でもおそらく、え、残っている規範があるんですよね。で、これは、えっと、ロマンティックラブイデオロギーという風に言われます。と生と生殖の三位一体モデルっていう風に分かりやすく言われてるんですけど、えっと分かりやすくね、ここに書いてますね。一生一度の恋に落ちた男女が結婚し、え、子供を生育し添い遂げる。え、つまり愛と生と生殖が結婚を媒介とすることによって一体化されているっていう、え、ことが自体がですね、理想として言われてるわけですね。ま、でもこんなことを、ま、結婚そもそも結婚しない人が増えていますし、ま、子供をいない夫婦もいるわけですし、途中で離婚することもよくあるわけですよね。だから全員ももちろんこのあり方でいられるあのはずはないんですけれども、ただま、理想化されていてこれ以外のあり方が例外とされるっていうやり方です。でも、ま、よく考えるとですね、その恋愛として、えー、適している相手と、ま、性っていうのは、うん、ま、いわゆる性行為をするっていうことですよね。という相手とあと生殖ですね。あの、子供を生み育てることに向いてる相手って全部が一緒とは限らないと思うんですよね。え、という、あの、で、これもやっぱ作られた理想的な考え方、規範の一種であるという風に見なしています。え、ま、1970年代ぐらいはね、ほとんどの、え、人が結婚していた、ま、これはあのセクシュアルマイノリティでもそういう圧力が強かったので結婚する人もいました。え、で、え、なので、ま、そういった規範が、ま、強くなっていたんですけれども、ま、そのね、1900ちょっと前ですよね、1950、60年代のあの高度経済成長期を支えたのは、ま、えっと、え、ま、田舎にいたらあの結婚しなかったかもしれない。え、人たちが都会に移り住んで、それであのサラリーマンになったからなんですよね。で、家制度という、え、ものはあの終わったとしてもそういった習慣って残ってるのであの長男に家を継がせるということで、ま、両親の住んでいた家に住めるんですけれども、それ以外の次男、三男、え、あるいは長女、次女っていうのは出ていかなくちゃいけないっていう、え、規範もあったので、ええー、そういった人たちがですね、あの、地方から都会に











