Speaker A
パパ、お帰りなさい。今日のご馳走はお湯ご飯だよ。無邪気に笑う7歳の娘の方はこけ。妻はボロボロの服を着て俯いていた。薄暗い部屋の食卓に置かれているのはお湯をかけただけのほんのわずかな白米。毎月50万円。家族が絶対に生活に困らないよう、俺は血を吐く思いでドイツから仕送りを続けていたはずだった。だがこの時、俺はまだ知らなかった。この異常な光景の裏に身内による卑しい裏切りと支配が画策されていることなど。ふう。やっぱり日本の冬は冷えるな。白の白さに肩をすくめながらも、俺の足取りは驚くほど軽かった。俺の名前は柏かず。42歳、自動車部品メーカーの技術職としてドイツの入者に赴任して丸3年。大きなプロジェクトを無事に完遂し、ようやく日本への帰任事例が出たのだ。右手に引く大きなスーツケースの中には妻の眉に頼まれていた日本未発売のスキンケアセットと7歳になる娘の車載が欲しがっていた大きなテディベアが詰まっている。驚く顔が見たくてわざと帰国日を教えなかったんだよな。どんな反応をするだろうか。ドイツでの3年間は決して楽なものではなかった。言葉の壁、文化の違い。そして何より家族と離れて暮らす孤独。毎晩誰もいない冷たいアパートの部屋に帰る。眉者祭の笑顔が恋しくてたまらなかった。だが俺には家族を養うという強い責任があった。だからこそ生活費として毎月50万円という体金を欠かさず日本の口座に送金し続けてきたのだ。俺がいない間寂しい思いをさせるんだ。せめてお金の苦労だけはさせたくない。美味しいものを食べて好きなものを買って楽しく過ごしてくれ。不妊や眉にそう伝えた時の彼女の安心したような笑顔を今でも覚えている。毎月50万あれば東京郊外のマンションでの暮らしならかなり余裕があるはずだ。車載に習い事をさせたり、休日は友人とお茶を楽しんだりしているだろう。そんな想像が過酷な海外勤務を乗り切るユリツの心の支えだった。駅から歩くこと15分。見慣れたマンションの前に着いた。時刻は午後7時を回ったところだ。あれ?電気がついてないな。見上げると俺たちの部屋である302室の窓は真っ暗だった。外出中だろうか。いや、今日は平日だ。車載の小学校も眉のパートも終わって家で夕飯を食べている時間のはずだ。1末の不安を抱えながらエレベーターに乗り3階へ上がる。静まり返った廊下を歩き、自分の家のドアの前に立った。ポケットから取り出した鍵を鍵穴に差し込む。パチャリという冷たい金属音が響いた。ただいま。で、うわ、か。ドアを開けた瞬間、思わず声が出た。暖房が効いているはずの室内は外よりも冷え切っているように感じられた。それどころか空気が淀んでおり、カと誇りが混ざったような何とも言えない生活臭が鼻をつく。玄関の電気のスイッチを押したが、カチカチと虚しい音が鳴るだけで明かりはつかない。おい、おい、電球が切れてるのか、眉ゆ、車載いないのか。暗闇の中、手探りで靴を脱ぎ、リビングへと続くドアを開けた。そこには信じられない光景が広がっていた。リビングの隅で小さな懐中電灯が1つ弱々しい光を放っていた。その頼りない光に照らされて2つの影がテーブルの前に座っている。ええ、パパ。かれた小さな声。毛布に包まり震えるように座っていたのは愛する娘の謝罪だった。だが俺の記憶にあるふっくらとした可愛らしい方の重影はない。目は落ちくぼみ、腕はカレー枝のように細く、まるで難民キャンプの子供のような姿だった。社、お前どうしたんだその姿は?まゆ、まゆはどこだ?あなた。車載の隣から幽霊のようにフラフラと立ち上がったのは妻の前だった。いつも綺麗に手入れされていた黒髪はパサパサに痛み、顔色は土け色、着ている服はもう玉だらけで所々がすり切れている。かつて明るく笑っていた38歳の妻の姿はそこになく、まるで10歳も20歳も老け込んだ別人のようだった。まゆ、お前なんでそんなに痩せて電気はどうしたんだ?暖房もついてないじゃないか。俺は慌てて前の肩を掴んだが、そのあまりの細さに息を飲んだ。折れてしまいそうなほど華奢な方はガタガタと震えながら力なく首を振った。電気が止まっちゃってガスももうすぐ止まった。なんでだよ。口座から自動引き落としにしてあるだろう。混乱する頭で俺の視線は自然とテーブルの上へと向かった。そこにはかけた茶碗が2つ。中に入っていたのは水気を吸ってふやけたほんのわずかな白米だけだった。おかずなど一切ない。醤油すら見当たらない。パパお帰りなさい。野菜がフラフラと立ち上がり、俺の足にしがみついてきた。今日のご馳走。羽お湯ご飯だよ。ママがね、お腹がいっぱいになる魔法のご飯を作ってくれたの。無邪気なその言葉が俺の胸を鋭い刃物でえぐった。魔法のご飯だと?お湯をかけただけの飯が眉ゆ、これは一体どういうことだ?俺は呆然と立ち尽くし、絞り出すように声を張り上げた。俺は毎月50万食ってたはずだ。通帳に金は入ってるだろう。泥棒にでも入られたのか、それとも詐欺にあったのか。怒鳴るような俺の問いかけに眉はビクッと肩を震わせ、大粒の涙をボロボロとこぼし始めた。そしてしばらくの沈黙の後、彼女は血の気の引いた唇を震わせ、静かにそして不穏な一言を口にしたのだ。のことは小ぎ母さんに聞いて、お袋に言い、俺の母親に言い。なぜここで実家の母親の名前が出てくるんだ?思考が完全に停止した。暗闇の中、眉のすがりつくような瞳と車載の無邪気な笑顔が俺の脳裏に焼きついて離れなかった。お袋に言い、どういうことだ?まゆう。俺の仕送りとお袋が何の関係があるんだ。暗闇の中。俺の声は自分でも驚くほど低く震えていた。眉は怯えたように肩をビクッと跳ねさせ、ぎゅっと唇を噛みしめた。そのひび割れた唇からは今にも血が滲みそうだ。俺は着ていた厚手のダウンコートを脱ぎ、震える眉ゆと車載の肩にばさりとかけた。ドイツの厳しい冬を越すために買った高級なの。そのぬくもりに包まれた瞬間、車載が温かいと小さく息を吐いた。その声を聞いて俺の胸はギリギリと締めつけられた。今までどれほど寒い思いをしてきたんだ?まゆう話してくれ。お袋がどうしたって言うんだ。俺は毎月50万。お前たちが使う生活費の口座にきっちり振り込んでいたはずだぞ。俺はスマホを取り出し、ライト機能をつけて手元を照らした。そして震える指でネット銀行のアプリを立ち上げ家族用の口座の明細を確認した。海外赴任中は眉に全て任せていたため、この3年間俺自身は1度も履歴を見ていなかったのだ。なんだこれは?画面に表示された取引履歴を見て俺は言葉を失った。毎月25日、俺の給与口座から50万円が振り込まれた。その直後、同じ25日のうちに自動振り替えという名目で50万円全額が綺麗に別の口座へと引き落とされていたのだ。柏は義し子。紛れもない俺の母親の名前だ。残高は常に数百円から数十円。これでは電気代もガス代も引き落とせるはずがない。まゆ、これはどういうことだ?なんで全額お袋の口座に自動転送されてるんだ。ず声を荒げた俺にまゆは両手で顔を覆いおつをも漏らし始めた。ごめんなさい。ごめんなさい。あなた。あなたがドイツに立った次の日、小木さんが突然家に来て眉の口から語られたのは俺の想像を絶するような支配の始まりだった。不人の翌日、相を使ってズカズカと上がり込んできた母親は眉に向かってこう言い放ったという。常市1から聞いたわよ。毎月50万も振り込むなんて。あの子も甘いわね。専業主婦のあんたにそんな大金の管理ができるわけないじゃない。私が家計を管理してあげるから通帳と印鑑を出しなさい。まゆは必死に抵抗した。しかし母親は言うことを聞かないなら嫁として失格だ。すぐに離婚させると脅し、無理やり前を銀行へ連れて行き、自動送金の手続きをさせたのだという。預かるって。じゃあ生活費はどうしてたんだ?お袋から毎月いくらかもらっていたのか。最初は月に5万円だけ手渡しで。でも半年後には無駄遣いが多いで3万円に減らされて1年前からはあんたも働きなさいで1万円しか。1万円ふざけるな、小学生のお小遣いじゃないんだぞ。光熱費を払うんだ。家賃は私のパート代から。なんとかでも車載が大きくなって服や靴も必要になって食費を削るしかなくて最後は光熱費も払えなくなって。眉の言葉は涙で途切れ途切れだった。なんでなんで俺に言わなかったんだ?スマホがあるだろう。メールでも電話でも一元助けてって言ってくれれば俺はすぐに飛んで帰ってきたのに。俺がそう叫ぶと眉は力なく首を振った。スマホは解約させられたの。わあ、専業主婦にスマホなんて贅沢だ。って家計を管理するからって小母さんに目の前で解約の手続きをさせられて固定電話も料金が払えなくて止まっちゃって。頭をドンキで殴られたような衝撃だった。今の時代にスマホを取り上げるなんてそれは単なる節約ではない。外部との連絡手段を断つ完全な隔離出り南金だ。報酬電話からでもいいや手紙でも良かった。どうして言えなかった?言えるわけないじゃない。眉が突然顔を上げて叫んだ。その落ちくぼんだ目には深い恐怖が刻み込まれていた。小母さんに言われたの。常かずは今海外で大事な仕事をしている。あんたみたいなつまらない女の愚痴であの子の邪魔をするな。で、もし少しでも常位置にちくったら車載を施設に入れて、あんたはこの家から叩き出すって。息が止まりそうだった。俺は家族のために必死で異国の地で働いていた。だが俺が稼いだ金は家族を潤すどころか、俺の母親がまゆたちを支配し、痛めつけるための武器になっていたのだ。パパ泣いてるのを小さな手が俺の方に触れた。見ると車載が痩せた顔で心配そうに俺を見つめている。お湯ご飯美味しくなかったからパパ怒ってる。ごめんなさい。本当はね、お肉が食べたかったのでもママがお湯ご飯は魔法のご飯だって。車載。俺はたまらず車載の細く軽い体をきつく抱きしめた。骨と皮ばかりになった背中からこの3年間の寒さが伝わってくる。違うんだ。パパがバカだったんだ。守るって約束したのに本当にごめんな。俺の目から止めどなく涙が溢れ出た。妻を孤立させ、飢えさせ娘に粗末なご飯を食べさせていた。あなたを困らせたくなかったと1人で地獄のような苦しみに耐えさせてしまった。俺は何のために働いていたんだ。何のために生きてきたんだ。悲しみはやがてどす黒いマグマのような怒りと変わっていった。俺の家族をここまで破壊した人間がいる。まゆ、俺は涙を乱暴に拭い立ち上がった。今から実家に行く。その前にここを出よう。こんな寒い部屋にいたら死んでしまう。俺はすぐさまスマホを取り出し、駅前のビジネスホテルを予約した。まゆ、車載。今すぐ着替えてくれ。こんな標下みたいな部屋にいたら本当に命に関わる。財布からクレジットカードを取り出し、眉の震える手に無理やり握らせた。ホテルに着いたらルームサービスでも近くのファミレスでもいい。とにかく1番温かくて栄養のあるもの。2人で腹いっぱい食べてくれ。俺はこのふざけた事態の落とし前をつけてくる。あはでも遠慮したようにためらったが俺は半ば強引に2人をタクシーに乗せホテルへと送り出した。温かい車のシートに沈み込んだ瞬間、車載がパパあったかいねときに笑った。そのひ回りのような笑顔が俺の心の中で燃え上がる怒りの炎にさらなる油を注いだ。家族を安全な場所へ避難させた後、俺は別のタクシーに乗り込み隣町にある実家へと向かった。夜の9時を回っていたが、実家の立派な一軒家は全ての部屋の明かりが煌々とついていた。まる











