重要なポイント
具体的な内容は残し、構成はそのまま使わないことです。講演では、遅れて来た人のために要点を繰り返したり、この後の流れを予告したりしますが、記事にするとどちらも冗長に読めてしまいます。書き起こしても生き残るのは具体的なもの、つまり実例、数字、定義の正確な言い回し、そして視聴者からの質問です。質疑応答は多くの場合、最も使い回しがきく部分です。どの質問も、何かが伝わらなかった証拠だからです。文字化しておけば、録画を再生し直さずに1時間分をまとめて確認できます。それでも編集作業そのものは自分でやるしかありません。
60分の録画があります。参加した人もいれば、参加できなかった人の方が多く、録画へのリンクはほとんど機能していません。とりあえず「あの」「えー」を削っただけの書き起こしを公開するか、目次のような要約を書くか、というのが自然な発想でしょう。しかしどちらも、最後まで読まれないものになってしまいます。
問題は文章力ではありません。講演と記事はそもそも別の設計でつくられているものであり、講演の構成をそのまま残して媒体だけを変えると、確実にできの悪い記事になります。以下では、何を削るべきか、何をそのままの言葉で残すべきか、そして書き起こしが編集の手間を増やすのではなく本当に時間を節約してくれる場面について説明します。
講演と記事は、そもそも形が違う
話をしているとき、聴衆はスクロールして戻ることができません。飛ばし読みもできません。中には11分遅れて参加し、冒頭の説明を完全に聞き逃した人もいます。だからこそ、うまい講演は要点を何度も繰り返し、この先の流れを伝え、次に進む前にまとめを入れます。これは雑な作り方ではありません。一方向に、一定のペースで、しかも聴衆が入れ替わり続ける場に向けてつくるための、正しいやり方なのです。
読者にはそうした制約も、そこまでの辛抱強さもありません。見出しは一目で見えますし、前の段落にも簡単に戻れます。ページの中で主張を3回目繰り返せば、遅刻者への配慮とは受け取られず、単なる水増しとして読まれます。「次のセクションでは価格について見ていきます」と書くのも、見出しを見ればわかることを一文使って説明しているだけです。
だから最初にやるべきは、文章の修正ではなく構成の見直しです。一文を直す前に、録画のどの部分が「話し言葉の都合」で存在していて、どの部分が「本当に伝えたいこと」で存在しているのかを見分けます。前者は捨てます。残るものは、思っているよりずっと少なく、そしてずっと質が高いはずです。
1本の録画から、複数の記事が生まれる
1時間の講演がページ上で1本の論として成立することは、めったにありません。講演はもともと横道にそれるようにできています。背景を話し、次に手法を話し、それから反論への応答、デモと続きますが、ライブではそれが成立します。話し手の声が一本の筋を通しているからです。文字にしてしまうと、それらのセクションは「同じ人が同じ午後に話した」という以外、互いにほとんど関係がないことが多いのです。
多くの録画は、1本の長い記事よりも、複数の短い記事に向いています。最も強いセクションを選び、それだけで独立した記事として、独自の書き出しと1つの主張を持たせて書きます。次に強いセクションでも同じことをします。結果として公開する記事の数は増え、それぞれが1つのテーマに絞られ、もともと存在しなかった「つなぎの文章」を無理に作る必要もなくなります。
捨てるべきもの
まずは足場となっていた部分を削ります。愛着を持たずに削ってください。それはすでに役目を終えています。
- 冒頭の挨拶、事務的な案内、チャット欄の場所についての説明。
- 遅れて参加した人向けに要点を繰り返している箇所すべて。
- 先触れの言葉。「今日お話ししたいのは」「それについては後で戻ります」「ここまでをまとめると」といった表現。
- 口頭ならではの前置きやためらいの言葉。話し言葉の文は、主語が定まるまでに時間がかかることが多いものです。
- 読者には見えないスライドと一緒でなければ意味をなさない箇所。
最後の項目は特に見落としやすいものです。話し手は「ここで見てわかるように、2列目が注目すべきところです」と言いますが、これはライブでは完結した内容でも、ページ上ではただの空文になってしまいます。スライドの内容を単独で通じる言葉で説明し直すか、その箇所を削るか、どちらかにしてください。存在しないものを指し示す一文を残してはいけません。
会場では良かったものも削ることになります。うまくいったジョーク、反応の良かった余談、自分が楽しんだ脱線話。それらはタイミングと自分の声に支えられていたものです。文字にすると大抵は平坦に沈んでしまいます。笑いが起きたことを覚えているからといって守ろうとせず、素直に手放すのが正しい判断です。
そのままの言葉で残すべきもの
そのままの言葉で残す価値があるのは、具体的な部分です。ここで書き起こしが本領を発揮します。具体的な内容こそ、メモだけを頼りに書くと記憶違いが起きやすい部分だからです。
実例は残してください。具体的な事例を取り上げたなら、その詳細こそがその1時間で最も価値のある部分であり、記憶を頼りに言い換えると、説得力を持たせていた部分がいつの間にか削れてしまいます。話し手が挙げた数字は、話した通りの形で残してください。定義の言い回しも残してください。特に複数の講演を通じて練り上げてきた定義は、キーボードの前でゼロから書く言葉よりも大抵引き締まっています。視聴者が実際にした質問は、その人の言葉のまま残してください。
いずれの場合も、残しているのは「再構成すると劣化するもの」です。それ以外は自由に書き直してよく、むしろ書き直すべきものがほとんどです。ゆっくり話されたときには明確だった一文が、ページの上では3つの文に分かれることもあれば、逆に半分の長さで済むこともあります。
質疑応答は、録画の中で最も使い回しがきく部分
1か所しか使う時間がないなら、質問を使ってください。それは、この1時間の中で唯一「自分の頭の外」から出てきた部分であり、質問1つ1つが、自分の説明では伝わらなかった何かの証拠になっています。エッジケースの扱いを聞かれることもあれば、トライアル終了後どうなるのかを聞かれることもあります。20分前に答えたはずだと思っていた内容を再び聞かれることもあり、それは実際には伝わっていなかったということを教えてくれます。
つまり質疑応答は、「聴衆がまだ理解していないこと」のリストを、聴衆自身に書いてもらったようなものです。これはそのままページの構成に対応させられます。質問がそのまま見出しになり、それに対する自分の回答を引き締めれば、そのままセクションになります。何かを新たに考え出す必要はなく、記事の内容も自分が想定していたギャップではなく、実在するギャップについてのものになります。
公開前に決めておくべきことが1つあります。発表者として自分が話した内容は、自由に再利用してかまいません。参加者が話した内容は事情が異なります。参加者は「公の場」ではなく「その場だけの空間」だと思って発言していますし、録画の中では質問に名前が紐づいていることもあります。参加者の発言を引用するかどうかは、当然の選択ではなく、意識的に決めるべき判断です。多くの場合、名前を外して言い回しを一般化すれば、質問の使える部分をそのまま残せます。本人がわかる形で直接引用したい場合は、必ず本人に確認をとってください。
書き起こしを使って書き、録画へ戻れるようにしておく
書き起こしがもたらす節約は、文章を代わりに書いてくれることではありません。1時間分をまとめて見渡せることです。2つ目の反論に答えた箇所を探して録画を早送り・巻き戻ししていると、実際にかなりの時間を使いますし、それを何度も繰り返すうちに、たまたま行き当たった箇所で妥協したくなってしまいます。テキストが目の前にあれば、再生時間のごく一部で全体を読み通し、残す価値のある4か所ほどに印をつけて、そこから書き始められます。
テキスト化する方法は、目的地に着けるならどれでもかまいません。一部のウェブ会議サービスは、簡易的な書き起こしを自動で作成してくれます。使っているサービスにその機能がなかったり、録画がドライブ上のファイルとして保存されているだけの場合は、動画をテキストに変換するツールを使えばよいでしょう。その1つがSozAIです。iOS、Android、macOS向けのアプリで、音声・動画ファイルや録画、YouTubeのリンクを読み込ませると、話者ラベルと要約付きのテキストを返してくれます。99以上の言語に対応しているため、パネルディスカッションの録画で「誰がその発言をしたか」を確認したいときにも役立ちます。どのツールを使っても、人名や専門用語は自分の手で修正が必要になると考えておいてください。
記事の草稿ができたら、タイムスタンプを付ける小さな手間もかけておく価値があります。文章にすると内容は圧縮されますが、全体の論の流れを知りたい読者や、回答の口調まで聞きたい読者もいます。そうした人が、録画を頭から再生して探し直すのではなく、その瞬間まで直接飛べるようにしておくべきです。デモが始まる部分を指すリンクを1本入れておくだけで、誰も見ていなかった録画リンクが、実際にクリックされるものに変わります。長い版はワンクリックで見に行けると分かっていれば、記事自体を心置きなく短くまとめられます。
書き起こしから記事を作る作業を定期的に行うなら、読む作業と整える作業を同じ場所でできるようにしておくと楽になります。AIによる文章作成ツールを使う場合でも、自分好みに整えた普通の文書ファイルを使う場合でも、それは変わりません。
速くならない部分
書き起こしは編集の量を減らしてくれるわけではありません。編集の場所を移すだけです。記事が何についてのものかを決め、話した内容の大半を削り、残りを自分の声の力を借りずに成立する文に書き直し、数字や名前をすべて確認する作業は、依然として自分でやるしかありません。全文が目の前にあることで、むしろ作業が大きく感じられることもあります。使わないと決めた素材の量まで全部見えてしまうからです。
自動生成された要約にも同じ限界があります。要約は「何が話されたか」を教えてくれますが、「1時間のうちどの2分間が良かったか」までは教えてくれません。その判断は、誰に向けて書くのか、その読者がすでに何を知っているのかに依存するからです。要約が役立つのは、まだ聞いていない録画の中で方向を把握するときや、公開するかどうかを仕分けするだけのときで、これは会議の議事録で要約が果たす役割と同じです。要約は出発点であって、草稿ではありません。
60分の講演から最初の1本を書き上げるには、10分ではなく、まとまった作業時間がかかると考えておいてください。1時間分の大半は削ることになります。同じ録画から2本目、3本目を書くときは、もっと速く進むはずです。その時点では内容をすでに完全に理解していて、読み込みの作業もすでに済んでいるからです。効果が実際に表れるのは、最初の1本ではありません。何もしなければ再生リンクの裏で何の役にも立たずに眠っていたはずの録画から得られる、3本、4本の記事にこそ表れるのです。

